苔むしたような岩波文庫の一冊であるが、この自伝、福沢諭吉の口述をまとめたもので、実は全編口語体で、しかも軽妙な語り口で書かれているため、まったく古さを感じさせずに、気軽に最後まで読めるはずだ。<P>「福翁自伝」の書名はかなりの人が知っているはずだが、それが口語体で書かれているというのは、どれだけの人が知っているのだろうか(知らなかったのは私だけ???)。<P>というわけで、激動の明治維新期の目撃者が語る日本の歴史(しかも口語体)、食わず嫌いせず、ぜひご一読を。
福沢諭吉の自伝です。岩波文庫なのに読みやすい内容です。容易に読了できるでしょう。学問のすすめは途中で投げ出しましたが、この本は僕にも読めました。<P>もともとは呉智英が自著の「封建主義者かく語りき」で福翁自伝を紹介していたのが読むきっかけです。明治の文明開化の世になったのに農民が武士の前では遠慮して自分の馬の背から降りたのを福沢諭吉は叱りつけたというエピソードです。自由の強制という文脈でした。
伝記文学の傑作の名に恥じない。闊達な話し振りで振り返る福沢諭吉の生涯に興味は尽きない。また、諭吉が生きた幕末から維新後にかけての時代風景が鮮やかに目に浮かぶ。<P> とにかく、この本を読めば、当時の日本の有様を実感できる。田舎藩の小士族の暮らし、封建主義で雁字搦めの社会秩序、猛烈な学習意欲と放埓な遊び心に溢れた蘭学塾の風景、開国後間もなく辞書もないころの英語習得方法など、なるほどそうだったのかと感心してしまう。倒幕の時期が迫った江戸城内の様子、佐幕派、尊皇攘夷派の内実、官軍進入後の混乱した江戸の様子も大変興味深い。特に面白いのは、諭吉が咸臨丸の航海や欧州使節団に加わった時の様子である。大小の刀をさした武者姿のサムライにとって欧米で見るものすべてが驚!!!である。旅籠のイメージしかなかった彼らは、パリの豪華ホテルに腰を抜かし、主人の用便の際は、トイレのドアを開けて家来がぼんぼりを持って控えている。140年ほど前の日本はそんな感じだったのだ。<P> 諭吉は封建主義の桎梏に憤り、鎖国主義を怨嗟した。彼は、旧弊を打ち破り、合理主義を貫いた。彼が東洋に欠けているとする「独立心」は強烈である。ただ、と言うべきか、だからこそ、と言うべきか、彼ほどの進歩的人物でも、中国、朝鮮に対する見方は厳しい。これも当時の時代背景を反映しているのだろう。