国際政治学者である著者が、国際関係の時事解説だけでは現実の国際関係を説明できなくなったという危機感を持って、激しく対立する戦争の記憶を冷静に見つめる契機を与えようと試みたことには、やはり賛同せざるを得ない。アメリカにおけるエノラ・ゲイ展示論争、日本における歴史教科書論争(日韓間の従軍慰安婦問題)、そして日中間の南京大虐殺論争など、全てが戦争の記憶をめぐる争い(memory wars)である。いつまで経っても感情的な論争から抜け出せないこれらの問題を考えるためには、やはり著者の持つ問題意識は貴重だと自分は思う。
本書は戦争の記憶が国民の戦争観やナショナリズムにいかに関係するかを歴史的に考察している。ドイツ・アメリカ・日本はそれぞれ第2次世界大戦を戦った後、どのような戦争観を抱いたか。もちろんそれぞれの立場で戦争を戦ったわけであるから、その際の経験もそれぞれ異なるのは当然である。しかし、戦争観を生み出すのはこのような戦争経験の差異だけではない。「語られる戦争」、つまり、国民が戦争をどのように受けとめていったかによって戦争に対するイメージは大きく異なっている。非常に面白いテーマであり、興味深く読んだが、欲を言えば、もう少し掘り下げたものを読みたかったと思う。