怨霊・穢れ・言霊の意味を見直し、歴史上での重要性を検証する「逆説の日本史」シリーズの第7弾。本書でも著者のオリジナリティあふれる学説をもとに、明快に日本史を紐解いている。「絶対権力」を確立することが国を安定させ平和を実現するという観点から、足利幕府の開設から6代将軍義教の時代までを再検証している。特に「恐怖の魔王」足利義教編は必読。足利義教を織田信長と比較しながら、改革者として、政治家としての業績を高く評価している。<P> 他にも太平記の著者や金閣寺の三層構造の謎について著者の新しい見解を披露しており、思わずその見解に納得してしまうものも少なくない。政治面だけではなく、文化面での検証をも重要視する著者の学説には一読の価値がある。
この巻で読めることは次のとおりです。<BR>・後醍醐天皇と楠木正成を引き合いにして忠義について述べている。昼間には存在が分からない星も夜には見えるように、忠義を尽くす家臣も平時や人徳の有るリーダーの時にはその存在が分かりにくく、不徳のリーダー時に存在が顕在化するというのは、まさしくである。<P>・「太平記」の謎/何故、この戦乱、ごたごたを書き表した書物のタイトルが太平記なのか、22巻が欠落しているのは何故か等に、かなりの洞察力と推理で、スッキリした解答を与えている。<BR>・太平記の後半部分は、怨霊のフラストレーション晴らしという推察。<P>・南朝(後醍醐天皇)と北朝は、北朝の勝ちで現在の天皇家も北朝の筋、しかし南朝が正統という言霊イズム。<BR>・金閣寺が出来た当時の役割や、金閣寺の三層構造の理由。<BR>・足利義満と一休宗純。<BR>・足利義教を評価すべき理由と評価されない理由。<P> 足利義教という人の功績を、この本で初めて知りました。やったこと成果を挙げたことは織田信長と同様でありながら、しかも義教の方が150年程先駆者でありながら、まったく歴史上の評価を得ていない、ということに、この国の国民性を感じます。現代の政治家に対する評価の仕方を見ていても、その国民性は同一ですね。
シリーズ第7巻の本作品は、後醍醐天皇の悪政、太平記の本当の意味、足利義満の怪物ぶり、そして室町幕府六代将軍義教の再評価を中心に扱っています。当時の資料の原典にあたり、きちんと行間を読んでいく誠実さは井沢氏ならではでしょう。その上、ミステリ小説家ならではの推理をして、議論を組み立てていきます。<P>歴史の流れが目に見えて浮かび上がってきて、今の自分たちがなぜこうしてあるのかについて、ヒントを与えてくれる、素晴らしいシリーズだと思います。殺菌消毒されたものではない、ナマの日本史がここにあります。