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始祖鳥記 ( 飯嶋 和一 )

 江戸の天明期。一つの噂が民衆を鼓舞する。天明3年。相次ぐ凶作や飢饉、疫病の流行で数十万の農民が死んでいった年。岡山城下で一つの噂が人々の口に上った。現に何人もの人が目撃したという怪鳥巨大鵺の出現の噂。人らしきものが翼のようなものをつけて「イツマデ゙イツマデ」と叫びながら飛んで行ったという。古来から怪鳥の噂は時の権力に対する民の批判としてたち現れる。天災が続いたとはいえ死んでいくのは農民ばかり。民を困窮に追いやる原因は藩役人と暴利をむさぼる振興の大商人にほかならない。身を挺して「イツマデこんな腐敗した政治が続くのか。」とののしりながら空を飛ぶ鵺の噂に人々は力をよみがえらせ、拍手をおくるのだった。<P> 天明5年。暴動の恐れを感じた同心は鵺の正体を突き止、一人の男を逮捕した。城下屈指の銀払いの表具師、幸吉という男を。幸吉は平凡な日常におさまりきらない情熱と才能を秘めた男だった。このとき、「大凧に乗り、海を隔てた故郷の八浜まで飛びたい。」という内なる衝動に従ったに過ぎない自分がなぜ逮捕されるのか、幸吉は理解していない。幸吉は人々を先導した罪で、全財産没収の上、所払いの刑に処せられる。<P> ところがその噂は幸吉の意に反して日本中を駆け巡り、人々の心をゆさぶる。魅力的な人物が次々に登場し、魂と魂で出会い、身一つで大きなものと闘っていく。想像を絶する困難に出会ったときに、それぞれの場所であの噂を耳にする。自分の身を挺して悪政と闘った、銀払いの表具師の噂を。そしてもう一度心に誓うのである「今度は俺の番だ!」と。!してついに、それぞれの闘いが大きな流れを引き寄せることになる。小さな者の一途な闘いが時代を動かすのである。<P> 熱く、骨太な小説である。とりもなおさず作者飯嶋和一がその身一つで、今この時代と闘っている、その叫びをわれわれの魂は聞く。今国会議事堂の上を怪鳥鵺が飛び、叫ぶのを「イツマデ!イツマデ!」と。<P> 

驚くほど緻密に書かれた江戸時代の世界。不況に苦しむ民衆、腐敗した役人達。何百年も前の世界のはずなのに、今の時代を写した鏡のようだ。<BR>ただ空を飛びたかった男。その姿を見て立ち上がる男達。「勇気と感動を与える物語」なんていうキャッチコピーは何度もみた事があるが、感動はともかく勇気を貰ったことはない。だが、この物語からはその両方を貰った。

人間の夢の一つは空を飛ぶことだと思います。<BR>しかしそれはまた、権力者にとっては自分の地位を脅かす物でもあります。<BR>高いところは畏れの対象だったのでしょう。<BR>ブラッドベリの短編にも、空を飛んだがために罰せられた人の話があります。<P>この話は、空を飛ぶことを縦糸に、それを巡る当時の経済情勢を横糸に話を織り上げます。史実の取り込み方と綿密な考証が緊張感を持った文体で迫ってきます。

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