土方さんがしっかり多摩っ子らしい作品。<BR>あくまでも自分らしさを見失わず、それでいて新選組副長として「鬼」たることを自らに強いた姿がじんときます。<P>でもってそんな土方さんを脇がちゃんと理解してるとこが、かなりツボでした。<P>その筆頭が斎藤一!<P>登場シーンは少ないのに、めっさ印象的に出てくるのが嬉しいし、土方さんの純粋な根っこの部分をちゃんと解ってるから、「鬼」と恐れられる土方さんに諭されてもなかなか退かないとこがまた、素敵だ斎藤一!!(萌)<BR>そしてオイシイのは、土方さんが「新選組」という組織の「誠」を未来に託した人であるってトコ!!これですよ!!これ!!<P>二人の訣別に対するこの作品の解釈は、話の流れからいってモロ同感です。<P>藤堂平助とのエピソードも泣かせます‥‥。<BR>油小路の決闘に臨む土方さんの心理が、切なくて苦しくて。<BR>平助には格別な想いがあるんだけど、それでも対峙しなければならない土方さん。<P>そして平助は、立場を異にした今もなお、新選組や土方さんがすごく好きなんだけど、自分の選んだ道を悔いてなくって、笑って土方さんに面つき合わせてて‥‥‥ああ、平助らしくていいなぁ。<P>お互いがお互いを解りすぎているから切ない、二人の姿が美しいです。<P>さらに意外なくらい土方さん命な山崎烝サンも、これまた痛いくらいの土方さんへの傾倒っぷりで、ぐっときました。<P>あと、河合耆三郎がすごくイイ子で‥‥‥土方さんの胸中の辛苦をクローズアップさせるための人物設定なのでしょうが、河合自身の背景にあったものを知りたくなるような人物像でした。<P>広瀬氏の筆運びはちょっと司馬遼太郎先生に似ているとこがあり(作者としての立場を明確にした地の文。閑話休題的文章をもってくるトコ)、『燃えよ剣』がきっちり踏襲されてるような観があります。<P>『燃えよ剣』で新選組にハマッた人なら、いっそう楽しめる本かもしれません。
このところ、立て続けに土方さんに関する小説・書物を読んでいます。<BR>中でも、この小説の土方さんほど悲哀が感じられる人物はありません。<BR>近藤勇という将器を持つ男を立てるために、自分はひたすら汚れ役に徹し、<BR>周りから恐れられ、嫌われても自分の信じた・ホレた男のために尽くし続ける姿は胸を締め付けられます。<P>この本の土方さん本人も、苦笑しつつも「それが自分の役割だ」と割り切って、<BR>近藤勇・新選組のために尽くします。<BR>読みながら、「あぁ、どうして回りに彼の気持ちをわかってあげられる人がこんなにも少ないんだ...」と歯軋りしたくなるほどです。<BR>優男だった歳さんが、”鬼”にならざるを得なかった状況が、<BR>よくわかる1冊です。
新撰組モノを濫読した中でも読み物として傑出した作品。隆慶一郎氏の描く土方歳三像は「人斬り」としての異能を読ませてくれたが、本書は彼が、当時としては突出した近代的思考の持ち主だったことも理解させるもの。クライマックスに至ってもう一人の近代思想家、榎本武揚とのやりとりもあり、エンターテイメントとしての要素もたっぷり楽しめる。幕閣連中をひっくるめにして<BR>「あほうじゃねぇのか?」と喝破する啖呵も痛快だ。ここまで楽しめれば最後の函館五稜郭戦(書き方によっちゃ最大の見せ場だろう)がいやにあっさり済まされてしまうのも、まあ許そう。近藤勇を「男」にするために自分は鬼にも邪にもなろうって生き方が切ないやね。