いかりや長介の自伝。とはいっても、生い立ちの部分はあまり詳しくはない。<BR> 実母を幼いときに亡くしたこともあって、父親っ子だった。父親が大好きらしい。自分でも「ファザコン気味なのだろう」と書いている。<BR> やはり興味深いのはドリフターズの歴史。<BR> ドリフターズというのは前からあって、いかりや長介は途中加入。三代目のリーダーだったのだ。<P> さらに、ジャイアント吉田や小野やすしもかつてはメンバーだったと知って驚いた。<BR> ジャイアント吉田ら四人が抜け、慌てて見つけ出したメンバーが後のドリフターズ。<BR> それぞれの芸名をつけたのはハナ肇だったという。<P> 私が子どもの頃は、クレージーキャッツはほとんど終わったグループで、ドリフターズの後塵を拝していたようにっていたのだが、クレージーキャッツは事務所の先輩であり、その後がまとしてドリフターズが育成されたのだった。いかりや長介は、クレージーキャッツのメンバーを尊敬し、一緒に仕事をした植木等に対しては、兄貴分として信頼を寄せている。「植木さんさえいれば、自分がリーダーシップなんか取らずに住むんだ、と甘えた気持ちになった。」(p87)というのだ。<P> クレージーキャッツのネタを使っていいとまで言ってもらっているのだが、だからこそ、クレージーキャッツを意識し、決して重ならないように気を配っている。クレージーキャッツが洗面器を使っていたから、重ならないように金盥《かなだらい》を使う、というように。<BR> ドリフターズのメンバーそれぞれに対しては、距離を置いて客観的に評価してい!。<P> クレージーキャッツを見習って、けっしてメンバーをクビにするようなことはしない。<BR> 文章もうまい。「全身の産毛《うぶげ》がダダッと逆立っていく期待と不安と爽快《そうかい》さが入り交じっているあの感じ」(p197)という文章が書ける人なのだ。普通なら、「鳥肌が立つ」を肯定的な意味で使ってしまうところだ。<P> 懐かしい芸能人の名前がいろいろ出てくるが、「演出家列伝」にも懐かしい名前があった。<BR> 巡り会ったいい演出家の一人に鷹森立一《たかもりりゅういち》をあげている。<P> 東映の監督だった人で、真田広之・千葉真一・秋吉久美子で「冒険者カミカゼ」という映画を撮っている。低予算で短期間で撮った映画なのだろうと思うのだが、しゃれていて面白い映画だった。アラン・ドロンの!冒険者たち」のリメイクなのだから面白くて当然といえば当然だが、話も映像も優れていた。<P> 「社会風刺や現代風刺はむしろ、極力避けてきた」(p243)というのは、大人になって振り返ると、確かにそうだった。表立って言うことはしなかったが、ポリシーを持ってコントを作っていたのである。
ドリフターズの一員として活躍して、現在では俳優として活躍している「いかりや長介」の自叙伝である。こりゃ、本当に魅力的で面白い「いかりや長介」そのものの自伝なのである。<P>メンバーの生の紹介、様々な事件、親父の思い出、ドリフターズのエピソードなどが満載されている。全員集合が生番組のために、ネタ作りに苦心したことなど、やっぱり、いかりや長介のプロ根性を感じる。全員集合が16年間続いたことは、ネタ作りに秘密かあったのではないか。やっぱり驚き。<P>ドリフターズがビートルズの前座をつとめたくだりは、本当に生々しく、くすくす笑い、そして、最後にずっこけてしまうぐらいだ。<BR>荒井注のお話、親父とのやりとりなど、こりゃやっぱり面白い。<BR>読みやすく、面白い。<BR>一読をす!める。