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ファウスト (第2部) ( ゲーテ 高橋 義孝 )

第一部は非常に読みやすかったが、第二部では話の内容がギリシャ神話なども登場<BR>するようになり難解になってきて読むのに苦労した。<BR>一読しただけではこの作品のよさはわからないのではないだろうか。

「ファウスト」の物語には重要な二人の女性が登場します。1部のグレートヒェンと2部のヘレナです。でも、最終場面でファウストを天国へ導くのはグレートヒェンですから、それならヘレナはなんのために描かれたのか、と言うより、そもそも2部が書かれる必要があったのか、という疑問が起こります。私はこの、「永遠に女性的なるもの」とは直接関わっていない(と思われる)2部が、「ファウスト」とゲーテを考える上で重要だと思います。<BR> <P>マイナスの条件でもプラスに逆転させて生かそうとする人たちがいます。ニーチェが<超人>と呼ぶタイプ。歴史はそのような人たちがつくってきたのかもしれません。彼ら選ばれた人たちの中には、自分が知力も体力も財力も権力も魅力もすべて与えられているせいか、自分のように生きられない<弱者>を本質的に思いやることができないのではないか、と思わせる人がいます。そして、2部で描かれている精力的なファウストもまた、活動家であるがゆえに弱者の側に立つことができない<権力者>のように感じられます。もし「ファウスト」という作品に弱者の視点があるとしたら、それはグレートヒェンがいたからで、と言うのも、ヘレナは絶世の美女で<超人>の側にいる女性ですが、グレートヒェンのほうはただの場!の娘に過ぎません。2部がどこかいわゆる<巨人主義>の物語のように感じられるのは、このせいではないでしょうか? 最終場面でファウストを天国に導くのがヘレナだった、と想像してみてください。<BR> <P>ゲーテ→ニーチェ→ハイデガーという、ドイツ文化を代表する<力(への)意志>の流れがあると思います。ドイツ文学におけるゲーテの影響力は、おそらくはイギリスにおけるシェイクスピアをしのぎます。

第一部での、悪魔メフィストーフェレスとの契約によって始まったファウストの探索の旅は、第二部でスケールがますます壮大になって続いて行きます。<P>ギリシア神話絶世の美女ヘレネーをめぐる冒険をはじめ、現世的な問題(政治、戦争など)にも取り組み、あらゆる快楽と権力を追究/追求し続けるファウスト。しかし、彼の心はどうしても満ち足りません。干拓事業を完成させ、僅かばかりの土地に細々と住んでいた老夫婦までを追い出したファウストが、最後に見たものは…。<P>逆説的な結末を迎えるファウストの姿は、今なお新鮮です。近代化を続け、物質的豊かさを追求し、享楽的に生きながらも、心の飢えがなぜか満たされない現代人。ファウストが抱えていた問題は、いまだに解決されていない。そんなことを考えさせられました。訳も読みやすく、お勧めです。

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