事故で記憶が80分しかもたない数学者の博士、その博士のもとに派遣される家政婦のわたし、わたしの小学生の息子で頭の形から博士に名付けらたルート。<BR>三者三様の個性豊かな相手への思いやりが、静かで美しいシンフォニーを奏で、読む者の心を静かに揺さぶります。<BR>爽やかな読後感とともに、誰かに愛を注ぎたくなる、美しい小説です。
いや、6回も、涙を流すような場面はないだろう、と、言われるかも知れませんが、確かに、6回ぐらいは(数えた訳ではありませんが)涙を流しました。<BR> 『博士』とは、交通事故によって、脳に損傷を受け、ものごとを記憶する能力が失われた、天才数学者のことです。<P> 1975年までの記憶と、直前80分間の記憶しかない。1975年以降、80分前までの記憶は、脳の中に、保持できないのです。<BR> そんな博士と、博士の世話をすることになった家政婦『私』と、その息子『ルート』の3人が、主な登場人物です。<P> 1975年以前の知り合いでない家政婦の私は、博士とは、何度会っても、間隔が80分以上開いてしまうと、初対面になってしまいます。<BR> 初対面の挨拶代わりに、博士は、数字の質問をします。<BR> 「君の電話番号は何番かね」<BR> 「576の1455です」<BR> 「5761455だって? 素晴らしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」<P> ≪記憶が80分しかもたない≫博士の頭には、しかし莫大な数字が入っています。豊富な知識によって、素晴らしい数の世界が広がります。<BR> 毎朝、目覚めると、記憶は1975年に戻っている。しかし、自分がいるのは、1992年(小説の中では1992年です)。<BR> そんな博士の気持ちを想像し、博士の愛したきれいな数式を見るだけでも、また涙が出てしまいます。
記憶を失い、80分の記憶しかストックできなくなった数学者。<BR>彼の許に家政婦として派遣された女性。<BR>その女性の、阪神タイガースファンの10歳の息子。<BR>三人が時間を共有する中で、語り手である女性は、博士が心から愛する<BR>数字や数式の美しさに目を開かれて行く……。<P>数と数式に潜む美しさ。<BR>潔く、声高にならない静かな美しさ。<BR>それが胸に沁みました。<P>普段意識したことがなかった数の個性と性格。<BR>ハッとさせられました。<BR>数学は苦手なのですが、そんな私でも、数と数とを結ぶ不思議な関係と調和、<BR>数式の無駄のない美しさには目を奪われました。<P>小川洋子さんの作品、初めて読みました。<BR>話の静謐感、静かな透明感が素敵でした。