膨大な閲読者から膨大な古典の用例を集め、そこからリストを整理し、1語1語の定義と意味と使用された年代をまとめ上げていく。ワープロやコンピュータがない時代に、こんな呆れるほど骨の折れる作業の積み重ねが70年も続いてやっと完成した辞書OED。おそらく主人公の他にも何人もの狂人・変人がいて、彼らの超人的な集中力と持久力が、この辞書を生み出したのではないか、という気がする。
ぼくが通った高校の図書室にもしかしたら「オックスフォード英語大事典(略してOED)」があったかも知れない。OEDは、とにかくとんでもなくすごい辞書界の万里の長城だということは雑学的知識としてあった。篤志家を募って12世紀頃から18世紀までの間に出版された全ての英語で書かれた本を網羅し、そこから単語をリストアップして、さらに単語の意味を説明する際に有用な例文も拾い出していく。そして篤志家から送られて来る天文学的な数量の単語シートを元に編纂作業を進めていくのだ。読んでいるだけで気が遠くなる。第1版完成までに70年の月日を費やしたウルトラプロジェクトXだったのである。この辞書作りの裏側には数奇な運命に囚われた人物が貴重な役割を担っていたことが本書を読むとわかる。久しぶりに仰天本に出くわした。
OED(オックスフォード英語辞典)の編集にともなう話。まずびっくりするよねぇ、ここれらの辞書が出来る前、シェークスピアは辞書なしで作品を書いたんだよ。辞書なしだよ、まったく。そしてこの辞書の作成もありとあらゆる用例を集めることで作成されていて、その集める部分がオープンソース的な開発手法なわけ。つまり文中の説明を借りれば、<P>「この計画に着手するには、一人の力では足りない、とトレンチは言った。英語のあらゆる文献を丹念に読み、ロンドンとニューヨークの新聞にくまなく目を通し、雑誌や定期刊行物のうち文学的なものを綿密に調べるためには、「多くの人びとの協力」が必要だ。そのためにはチームをつくらなければならない。何百人もの人びとで構成される巨大なチームをつくりアマチュアの人たちに「篤志協力者として」無給で仕事をしてもらわなければならない、とトレンチは述べた。<P>というわけ、本ではその作業に参加した一人に焦点があたっていく。<P>はじめたきっかけは不幸な人生における社会への参加意識みたいなことが挙げられているが、逆にやめるきっかけも興味深いものだ。30年にわたって精力的に続けられてきた辞書への貢献が、死以外の何によって止むのだろうか。金銭が絡んでたりすると意外と簡単に崩壊するつながりだったりするが、まったくそういうわけでもないし。結論からいうと平凡だけど、複合条件で加齢による体調(精神状態もふくむ)の悪化、管理者の変更による管理体制の強化、何人かの知己の死亡なんかになるのかな。何にでも終わりはあるものだけど、30年にあまる貢献は十分すぎるもので、かつ後世にとっても幸福な貢献だったと思う。