本書は社会調査がいかにいい加減になされているかを指摘し,どうすれば<BR>改善されるのか提言している本である。一般的に,量的調査をするときには,<BR>方法論に裏付けられたルールを守らねばならない。しかし,それをどこまで<BR>厳密にやっているかは,多くの調査の場合疑問である。本の中でも触れられ<BR>ているが,量的調査をする場合に回収率やアタック数すら書かないものがあ<BR>る。調査を一般化するには,データの代表性が命である。そうでなければ,<BR>偏った結果しかでない。<BR> また,因果関係を推論する際に,第3の影響(変数)の検証が無い場合や<BR>あってもいい加減なものがあるとの指摘もある。確かに,日々目にする調査<P>報告などにも誤謬ともとれる推論がある。<BR> 著者はあとがきで,社会調査では意図さえあればその通りの結果が出るよ<BR>うに簡単に操作できると言っている。だからこそ,科学的方法論を学びデータ<BR>を吟味する眼を養うことが重要なのだろう。
新聞やテレビのニュースでは、たくさんの調査結果を目にする。著者によれば、このような社会調査の過半数はゴミだという。正確な数字を出されると信じてしまいたくなる。しかし、調査の対象が偏っていたり、いいかげんな調査から都合の良い結論を導き出すような例がよく見られる。このことは気をつけて見ないと分からないものだが、この本では実際の調査の例(新聞記事など)をもとに解説してあり、読み進めていくうちに、解説を見なくてもどこがおかしいか分かるようになった。そして、読み終わった後は新聞の調査を見てもこれは怪しいと思えるようになる。<P>この本を読むと、でたらめな社会調査に驚くとともに腹が立つ。みんながこういう本を読んで厳しい目を持つようになれば、でたらめは減っていくのかもしれない。表紙を見ると難しそうだけど、実際は読みやすくて面白い本です。
社会調査論も専門にしている著者が、マスコミや学者・研究者が行った調査を標的にして次々と問題点を暴きいい加減な調査の実態をさらしだす、実に痛快な一冊である。巷にあふれている情報も、社会調査論的立場にたって考慮すると、いずれも何らかのバイアスが入っているだけでなく、意図的にねじ曲げられた情報も数多く存在することを実感させられた。<P> また第3章の「研究者と調査」も秀逸。大阪商業大学の学長という立場から、社会調査のテクニカルな問題だけでなく、学会や研究者のコミュニティのもつ特異な事情と保守性についても厳しく追及しており、その本質に迫っている。マスコミや学者を目指す人には是非読んでもらいたい一冊である。