本文を読み進めて行く内に江藤淳の解説にもある通り自分が「みずからそれと知らずに考えはじめている」のに気付いて驚いた。これは著者が読者に考えさせるように文を組み立てている、具体的に言えば普通の文にはある結論がはっきりとは書かれてなくて、読者が自分の力で埋めなければならないように書いているからなのだが、読者は読みながら単に理解するのではなく、考えると言う体験を通して自ら納得している、そのような事を可能にしている文体で書かれているのだから物凄い。<BR>どれも凄いが『考えるヒント2』の「忠臣蔵1、2」が特によかった。必読。
この本は、小林秀雄氏が1959年から1964年の間に書いたエッセイからなっています。氏が文藝春秋に連載した同名のエッセイ、朝日新聞・読売新聞に書いた短めのエッセイ、そしてソ連作家同盟に招かれソビエト旅行した際のエッセイ2編の3部で構成されていますが、文藝春秋に連載された分がベストです。プラトンやドストエフスキーなどの巨匠の姿をかいま見させてくれる好エッセイばかりです。<P>読者としての次のステップは、自分自身でその巨匠たちの原典にぶつかっていき、自分自身で思索することなのでしょう。だからこそ『考えるヒント』なのです。私は、プラトンに付いて述べた『プラトンの「国家」』、ヒットラーの思想に付いて述べたちょっと不気味な『ヒットラーと悪魔』、それからドストエフスキーに関連!!ての『ネヴァ河』で想像力をかき立てられました。<P>しかし私が一番考えさせられたのは、『良心』というエッセイの中で、小林氏が「考えるということは合理的に考えることで、能率的に考えることではない」、と厳しく指摘している部分でした。10秒でまとめて、何となく意味のありそうなことを言わないと相手にされない現代のテレビを中心としたメディアの軽薄ぶりが、人々が深い思索をする妨げになっているのではないか、と危惧する一方、深い思索など無用の平和な世の中なのだ、とも思ってみたり。<P>『考えるヒント』、考えれば考えるほど良いタイトルです。