イギリスで優雅にお茶を飲むのも結構。しかしこの国で暮らすとなったら(いやイギリスとはかぎらないが)いかに大変なことか。イギリスびいきなんていう甘っちょろい考えは粉砕され、生活のリアリズムでわたり合わなければならない。これは残念ながら男より女のほうが上だ。若さも、ときに邪魔になる。林望が描いたイギリスの詩情(これはこれで素晴らしいのだが)を楽しんだ人は、その対極にあるこのエッセイで、認識をもうひとつひろげてみるのはいかが?<P>「英国人にとって日本人は、経済が下落すれば、ただの有色人種なのだ」。さらに追いうちをかけるように「この国はマヌケだと考えるようになった」。さあ、さあ、どうする、これまでのイギリス観の訂正をせまられる。「英国の男は世界一退屈」え㡊っ、ほんとっすか。<P> これらのイギリス観は、すべて著者の経験にもとづく。切符売り場に駅員がいなかったので、窓ガラスをコインで叩きまわり「ろくに働きもしないで、ストばっかりして何よ! スカーギルを呼んでこい!」。駅員も負けてはいない。「トイレへ行ってて何が悪い。スカーギルは炭坑の労組議長で、地下鉄じゃねえ!」互角にわたりあってはじめて、旅行者には見ることのできないイギリスが、日本人にとってはもっともわかりにくい「階級」が、しだいに透けてみえてくる。<P> 夏目漱石がロンドンに留学したとき二番めに住んだという建物に、著者も一時住む。そのうらぶれた住居の描写を読めば、漱石がノイローゼになったのもわかるような気がする。漱石だって彼女のように「なんでイギリスに媚びるか」と言うことができたら、ノイローゼになんかならかったろうに。そのためには、これだけの年月が必要だったのだ。日本人もかなしい。
上流階級でも下層労働者階級でもない中流階級(ワーキングクラス)の視点から見たイギリスの文化、イギリス人の習性、イギリス生活の実際が生々しく描かれています。公には広く知られていないことがらや、実際に長く住んでみると嫌でも目に付くイヤらしいところを、著者ならではの経験を通して具体的に説明している点で、とても有用な本だと思いました。イギリス(人)に関する暗部をあげつらって満足していたり、いかに著者が苦労しているかが延々と書かれているだけの本ではなく、ユニークな経験を通して著者が感じたり、考えたり、他人と議論した経過が書かれていいて、読み手として考えさせられる箇所も多々あった。
イギリスという国のイメージをこれほどまでに打ち砕いた本は初めてお目にかかりました。私自身もイギリス初出張での感想は正に落胆の連続・・・。発着時刻がいいかげんで社内の汚い電車、やたら高い物価、必ず何かが壊れている地元のホテル等ネガティブな部分を上げればきりがありません。この理由は、自分もイギリスという国に憧れ、勝手な想像をいつのまにか描いていたからだと思います。本作品はその後の長期出張決定で渡英直前に購入し、行きの機内で熟読した一冊です。(驚きよりもうなずきの連続!)その一方で甘く切ない一編は"イギリス流お見合い”です。著者曰くこの”お見合い編は”読者へのサービス”との照れが見られますが、かさむ年輪とともに、人生において最後に愛した元夫への深い郷愁と愛情の裏返しと見受けられました。その点において意外かと思われますが、人間愛あふれる素晴らしい作品です。