戦場の悲惨さを、下からの視線でこれほど的確に描写した本に初めて出会いました。決して感情に走らず、透徹した目で人間の心理を洞察し、極限状態に置かれた人間の行動を分析して行く。その鋭さは、鋭利なメスで行う外科手術を見るようでもあります。<P>続いて、前線の兵士に悲惨な状況をもたらした理由は、日本軍の行動原理が論理性を欠いており、徹底した自己分析がなかったことであるということを、白日の下にします。<P>さらにこの本は、著者の経験に照らしながら「百人斬り」が虚報であることを証明していきます。不謹慎な表現かもしれませんが、その証明の過程はどんなミステリよりも精緻であるという印象を受けました。<BR>以上本書では3つの流れが平行していきますが、私は全編の背後に、著者の人間!に対する深い愛情を感じています。ぜひ多くの人に読んでほしい本です。
この書物の面白さは次の三点にある。まず、某大新聞社の一著名記者との論争で、いかに相手が奇妙な思い込みに囚われ実証精神の片鱗も無く粗雑な文章を書くしか能のない人間で、新聞記者として明かに失格であることを、堅固な実証精神で事実を調べ上げ容赦なく暴き出すその迫力。件の失格記者が姿を晦ます事なく依然としてこの業界で大きな顔をしているのは明らかにマスコミの病弊を証明している。第二点は、旧日本陸軍という巨大な集団がいかなる組織であり、いかにして日本及び日本人を破滅の淵に立たしめたのか、を探求するその執念深さ。作者自身否応なく徴兵され殺戮の場に引出されて生死の狭間に立たされたことを思えば、恨み骨髄に徹して執念深くなるのも無理はない。第三点、実はこの部分が最も面白!いのだが、作者自身の軍隊経験を語り、ゲートルから立ち昇る体臭や腐乱死体から滲み出す体液のえもいわれぬ色彩をまざまざと感じさせるリアリティの凄さ。中隊長だったかに命令されて戦死者の遺骨を得るために遺体を掘り出しその腕を切断、肩に担いで持ち返る逸話でその重さに辟易したと言うような感想が確か記されていたが、読み手に過ぎないこちらの肩にまでその重みが伝わってくる。同時にそれが旧日本軍ひいては日本という集団のどうにもやりきれない重苦しさをまで感じさせるところがこの本の傑作たるゆえんであろう。 大岡昇平「俘虜記」「レイテ戦記」大西巨人「神聖喜劇」と並べてもおかしくない一本である。