警察という組織の中で生きていく人間の物語。<P>ミステリの形をとり、その中に登場人物の感情がにじんでいる。<BR>その感情は愛とかやさしさとかのやわらかいものではなく、<BR>ある意味での使命感や打算によって裏付けられた硬いもの。<BR>そしてその感情は誰の胸にも秘められている。<P>そうした感情の描写に惹かれます。
警察小説というとやはりまず事件ありきでそれを追う刑事が主人公となる場合がほとんであろう。しかしこの小説は大事件もなければそれを追う超人的な刑事も登場しない。登場するのは人事担当の警察官であり、監察官である。地味な役回りの警察官が自身の保身に汲々とする姿はしかし悲哀を感じさせ、親近感がわく。案外これが本当の警察官の姿なのかもしれないと思わせる。とにかく心理描写が卓越しておりどっぷり浸れる。短編集であるが、是非長編も読んでみたいと思った。
昨年『プレッジ』という映画があった。「プレッジ」とは「約束」という意味である。定年直前の老刑事(ジャックニコルソン)が殺人の被害者の親から「犯人を必ず捕まえる」と約束をさせられる。そうしてニコルソンはその約束に囚われ、やがて狂っていく。<P>老いて退官してなお刑事。短編「影の季節」はそういう刑事の物語である。米国と日本の事情は違うのか、日本の元老刑事への眼差しは冷たくは無い。現役刑事もいまだにこの元刑事を「部長」と呼ぶのである。警察社会の物語ではあるが、日本の『仕事』に対するひとつの考え方を描いているようにも思える。こういう「仕事人間」、彼を刑事という仕事に誇りを持った人間と見るのか、退官しても刑事という仕事に囚われてしまった罪ある人間と見るのかは、読者に委ねられているようだ。