本書は四編からなる短篇小説である。第五回松本清張賞を獲得したデビュー作「陰の季節」に続く二作目。デビュー作も短篇であり、その実力は松本清張賞受賞が証明していよう。<P> 表題作で冒頭の「動機」は警務課調査官貝瀬が主人公の作品。警察官の名刺代わりの警察手帳。その大量紛失。最後は己のプライドと保身のために犯人を追い詰める。ちなみに前作「陰の季節」で全編に登場した二渡の名がここにも。<P> 次は「逆転の夏」。殺人を犯し服役、そして仮出獄した山本。山本の社会復帰に協力する保護司の及川老人。及川老人のおかげでようやっとつかんだ平凡な生活。ある日、その生活を脅かす電話が。カサイという男性から属託殺人の依頼である。そして山本、及川、カサイの三角関係が思わぬ方向に展開する。<P> そして「ネタ元」は新聞記者が主人公。女性記者の水島は警察署に詰める事件記者である。時代に取り残されたかのように男尊女否的世界の新聞記者たちや営利至上主義の会社のなかで、ひとりがんばる水島。それが報われるように大手紙から引き抜きの話しが。最後に花を添えようと、以前から追っている事件でスクープを取るためにネタ元へ。しかしネタ元は拒否。なぜ…。<BR> 最後に「密室のひと」。裁判官である安斉は、とある裁判中に居眠りを。この居眠りをきっかけに安斉は依願退職へと追い詰められる。安斉はある推理をする。この居眠りが人為的なものであったら…。<P> すべてにおいて、それほど難解な推理小説ではない。犯した過ちを隠すための過ち。理由さえ掴めればたわいもない。しかし、過ちの上塗りにはその人なりのあらゆる思いが込められており、それを踏まえて悲愴感溢れる推理小説に仕立ててしまう著者の力量には感服するほかはないだろう。
「陰の季節」に続いて読んだ本。トータル的にコクのある本は、警察内部ものに終始した「陰の季節」の方だと思う。<P> 「動機」は、警察内部だけでなく、周辺の新聞記者や、裁判官を主人公にした短編もこの作品には含まれている。これはこれでおもしろいが、本のタイトルともなっている”動機”は短編として絶品と思うので、警察内部ものに徹して欲しい気がする。
4篇の短編集。一作目では有能な警察官が陥れられ、二作目はサラリーマンが、三作目では女性記者、4作目では裁判官とその妻が見えない穴に落ち、不当な苦しみを味わわされます。時には平凡な人が、人を殺め、人を陥れます。どの作品も人の弱さと、それを許す強さが描かれています。4作目はその典型例で、私は最も味わい深く読みました。