『自分』が傷つけられるのはいい。<P>人を非難すること、傷つけること、攻撃すること、<P>これらを『自分』の頭の中で『思考』することはいい。<P>『自分』でない『他人』に形はどうあれ『表現』することは愚かである。
「無限抱擁」「ナージャの村」そして「アレクセイと泉」、チェルノブイリ原発事故後の人々の暮らしを静かなまなざしで切り取る仕事などで知られる写真家の本橋成一さん。メルマガ「新世紀へようこそ」で米同時多発テロ以降の世界について考察しつづけている作家の池澤夏樹さん。アメリカによるイラクへの軍事攻撃が懸念される今、二人がイラクの普通の人々の暮らしについて描いた本です。<P>「もしも戦争になった時、どういう人々の上に爆弾が降るのか、そこが知りたかった。メディアがそれを伝えないのならば自分で行って見てこようと思った」。これが、二人がこの時期にイラクを訪れた理由の一つです。多国籍軍による爆撃とイラクによる対空砲火がまるで夜空を彩る花火のように飛び交う1991年の湾岸戦争の映像を強く記憶している方も多いでしょう。ハイテク兵器とそれを伝えるマスメディアの力は、「美しい花火」の下で殺され、負傷している人々、ちりぢりになってしまった家族たちがいるという想像力を、私たちから奪ってゆきました。<P>裕福ではなくとも幸せそうな生活を垣間見ることのできる本橋さんの写真が、池澤さんのテキストを読み進めるにつれ、かけがえのない人々の、かけがえのないひとときとして胸に強く迫ってきます。「小さな橋を渡った時、戦争というものの具体的なイメージがいきなり迫ってきた。2002年11月4日の午後の今、近隣国にあるアメリカ軍基地の倉庫の中か洋上の空母の上に、この小さな橋の座標を記憶した巡航ミサイルが待機している。遠くない将来にそれが飛来して、青い空から一直線に落下し、爆発し、この橋を壊す。そういう情景がくっきりと浮かんだ。ぼくの目の前で橋は炎と砂塵とともに消滅してゆく」 <P>戦争は、人を傷つけ、殺します。どんなに悪者と言われている為政者のいる国にも、私たちと同じようにかけがえのないささやかな暮らしを大切にしている人々がいます。この事実をリアルな感覚としてとらえにくくなっている今、この写真家と作家によるコラボレーション「イラクの小さな橋を渡って」を、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。
著者の池澤氏の国家観や戦争観などに同調出来ない部分はあるが、日本や欧米のメディアが伝えないイラクの人々の生活が活写されており、非常に興味深く読みました。写真も美しい。