そーいえば、いつの頃からか、秋葉原に買い物に行く、って言ったらパソコンまわりの機器を買いに行くことになっていた(決してうちの冷蔵庫の買い替えではない)。そしていつのまにか、秋葉原に買い物に行くの、って友達(特に女性)に言うと、「ふーん、あ、そう」という反応が返ってくるようになっていた。その「ふーん、あ、そう」というのは、「僕ってアニメ好きなんだよね」って試しに言ってみたときの「ふーん、あ、そう」という反応とそっくりなんだということに、本書を読んではじめて気がついた。<P> 「萌える」という言葉への親和性からはじまって、本書は、パソコン好みとアニメ画趣向の近似性、果ては街のデザイン論から建築論まで、秋葉原を主題に幅広く展開する。「東京ラブストーリー」「めぞん一刻」のようなマンガ、手塚治虫以来のアニメ、オウム・サティアンなどの建築、「ポケモンジェット」などの飛行機のデザイン、そして渋谷や秋葉原などの都市のありさまといったあれこれを相互に絡めつつ論じる。そしてその背景にあるのは、未来の喪失と権威への面従腹背的な特殊な態度であることを鋭く解き明かす。「ふーん、あ、そう」で見落としてしまいがちな事象を掘り下げ、一つの文化解釈にいたるところまで達しているのが痛快である。<P> もちろん、いずれも人の思い入れが深いジャンルであり、「ぜったいそんなことない」と思う人も多いだろうし、部分的には「これぜったいありえない」とか、「こじ付けでは?」と思う部分も無きにしも非ずであるが、少なくとも、大きな文化的コンテクストの中に個別の事象が体系的に整理されているという点で、あっ、という発見や納得が必ずある本であると思う。お勧めです。
趣都も何も、秋葉原と言えば古くからずーっとオタクな街だと思ってた。そんな街についての本ってことで面白そうだーというだけのノリで<BR>読んでみたけど、ナカナカこれが興味深い。<BR>秋葉原成り立ちの独自性や「PCマニア→アニメ美少女好き傾向」って法則の謎などなど「ぅぁあ、そうかも!そうだよ!」って思うところ多い。<P>口絵の他の都市との比較写真もイイ。渋谷とアキバでは訪れる人の体型からして違う。ビルの造りも。<BR>もちろんそんだけじゃなくて「サティアン」や「ペイントされた航空機」っていう意外な視点からのアプローチも見せてくれて、幅広い。<P>ちょと解んない横文字の攻撃で自分は横に辞書が要った。けど調べて読みとく価値充分アリ!<P> (・・普通の方ならきっと大丈夫な範囲なんでしょう・・・泣)<P>ヲタクな人もそじゃない人もそれぞれにそれぞれの「いまいちボンヤリしたものが人のおかげでハッキリ見える」時の悔しい感+爽快感、味わえると思うー。で、星5個。
アキハバラがオタクの街になっているなんて!<BR>白物家電の街からパソコンの街へ変わった辺りまでは知っていたが、1997年頃から萌える都市に変わっていて、しかも、だれかの仕掛け・戦略的意図ではなく、自然発生的に生れたものであったとは。<P>著者は分析する。パソコンを好むマニアは、キャラクターを好み、キャラクターが登場するアニメ、ゲーム、ガレージキットを愛好する。そういったオタクの需要を満たす商品が、アキハバラに一挙に集まった。ネット上のコミュニティ・オブ・インタレストが現出した。ボークスのレンタルケースにみられるように、様々な個性が混在する趣都が誕生したのである。<P>2章から4章にかけて、三つの問いかけに答える形で、オタク趣味の構造、都市と未来、技術の個人化ついてナゾトキしながら、アキハバラ現象が局地的特異的なものではなく、官→民→個へと都市の主体が変わっていくという、波及力のある大きな流れの表出なのではないかと示唆する。<P>万博やオウムのサティアンをも含む分析は、非常に刺激的で示唆に富み、広い視野と歴史観をもって、アキハバラ現象を捕らえようとするアプローチに、ぐいぐいと引き込まれた。