どんなに英語の語彙や文法を身につけても、言語技術を身につけていないから、外国人と対等に英語で渡り合うことができないのだ、というのが彼女の持論です。<BR>彼女のいう言語技術とは説明の技術、描写の技術、明確にいう技術、質問の技術、返答の技術、分析の技術、と6つに分かれています。<P>簡単にいうと、日本人は「察する」ことをよしとする傾向があるので、曖昧な表現しかせずに、「あとは察してね」的なコミュニケーションの取り方だというのです。だから、欧米人とコミュニケーションをとると具体性に欠け、何を言いたいのかわからないと言われるハメになる、と。<P>自分自身いつも歯がゆく思っていたところを「明確に分析」してあって、「なるほど」と思いました。<BR>彼女によると、日本語でそうう言語技術を身につける機会を作るべきだということです。<BR>最近でこそ、総合的な学習の時間など自由のきく時間もできましたが、昔国語の時間にしていたことは読み書きと漢字の練習、ちょっと文法をやるくらい。<P>発信の技術として習ったかなぁと思われるのは作文の練習があったかも、というくらい。読書感想文も夏休みの宿題にはなってるけど、書き方を習った覚えはあまりないし…。<BR>レポートや小論文も大学でいきなり書け、って言われたけどどうやって書くの?って思いました。<BR>ましてや発表する時にどうすればいいのか、なんて習ってないですよね。<P>欧米の学校では、物語の再現や、小説や幅広い範囲の本の要約、そして、クリティカルリーディングを高校卒業までに徹底的に学ぶそうです。<BR>そういうの!って大事なことなのに、日本では疎かにされている、と改めて思いました。<BR>今からでも、三森さんのところに行って徹底的に指導してもらいたい!というのが読後の感想です。
「英語を勉強するには、単語や文法を覚える前に、英語を話す人がどんなことをどう考えて話すのか?ということを、まず、日本語で話せなきゃ。」と筆者は主張する。<P>確かにそのとおり。主語を省いたり、時には述語まで省いたり、日本語って文脈だけで会話を続けやすいから、特に欧米の人とは会話がすれ違うことしきり。子供相手にも英語で話すことを教えている筆者が、もっとクリティカルに論理的に考えて、言葉できちんと表現して、と、繰り返し主張する。これを言語能力と。<P>はたして、論理的な表現ができないことは、日本語のハンディキャップか?細かく積み上げるのではなく引き算で論理を表現する日本語の表現方法に甘え、考えなしに惰性で会話を続けるようになってしまった現代人の問題ではないか!も思う。<P>私は、ITのツールをお客様などに教育することがあるが、技術系であるなしにかかわらず、言語能力があれば、メールの送受信の設定など難しくない。技術力ではなく、むしろ、メールを送るということはどういうことか?という概念を捉える言語能力の問題。<P>そう考えると、本書は非常に読みやすいものの、現代人のもっとも大切な能力について、大事な提言をしているように思える。 <BR>ただ、筆者は児童向けの英語のレッスンをやっているとのこと。本書の論旨の進め方も、ちょっとだけ冗長な感じがして、少し間延びした感じがして、ついつい斜め読みしてしまった。