多くの提案は賛同しかねる。その趣旨が、タイトルに反し「非論理的」だから。<BR>例えば「察しの悪い大人になれ」はやや抽象的なレベルでの主張でもあり、基本的に賛成だが、(動作の主体を明言させるために)主語を入れた文章を言わせるための実践例で、<BR>大人:「あなたは縄跳びが好きですか?」<BR>子供:「好きです。」<BR>大人:「誰が好きなの?」<P>と質問することは、いかにも不自然だ。家内にも試してみたが、私と同様「縄跳びの話から、(芸能人など)好きな人の話へ話題が変わった」と判断した。しかし、実践例ではちゃんと、<BR>子供:「えっ!?私。・・・」<P>と続く。子供はトレーニングとして割り切っているのかも知れないが、こんな非論理的な会話(子供にフルセンテンスを言わせるための質問が「察し」を要求する不完全文。これを「縄跳びが好きなのは誰?」と修正したら、答えが「私」では不十分。)を日常的に繰り返すことは、自分自身論理的であろうとする大人には絶えられない。<P>英語討論で優勝した子の実績は目を引いたが、確かに「英語(ヨーロッパ)的な発想の仕方」には役立つかも知れないが、それと(国際コミュニケーションにも資する)「論理的な考え方」とは同じではない。「論理性」よりも、著者自身の海外生活で学んだ西洋人の「価値観」を重視していると思う。
私は中学国語教師です。<BR>子どもたちの話したり書いたりする言葉が、論理性に欠ける、という思いが強くあったので、それを改善する方法があるならば・・・。と思って読みました。<BR> 確かに、観点は的を射ているので、子育てをする親として、我が子を論理的に、という目的で読まれると、すごくいいと思います。<BR> 私は、国語の時間の中で実践できる具体的方法があれば・・・。という気持ちがすごく強かったので、具体例やトピックの少ない本書はちょっと物足りなかったです。
この本を読んだ親と子供に、一緒に、論理的に考える方法を学んでもらおう、という本です。分かりやすいし実践的で、とてもためになる本でした。<BR>子供を持った多くの親御さんに是非読んで欲しいし、また子供がいてもいなくても多くの人に読んで欲しいし、僕の両親にも読ませてやろうかと思ったほどです(笑)。<BR>いや ほんと、多くの人に読まれるべき素晴らしい良書です。