屠場、いわゆる獣肉生産のための解体工場を著者がつぶさに取材した傑作ルポ。われわれにはまったくうかがい知ることのできない内情が詳らかにされている。屠場とそこに働く人々に対する社会的な偏見、抑圧は想像を絶するものがある。みごとな腕と技をもった職人が多数、過酷な労働条件のなかで働いているのにもかかわらず、である。われわれ消費者はこの現状を直視しなければいけない。<BR> 著者のルポは徹底的、かつ真摯で抑制が効いており、おもしろ半分の覗き見ルポとは一線を画し好感がもてる。
屠場とそれを取り巻く問題は、食生活という点でわたしたちと遠からぬ関係がありながらも、一般には知ることのない世界である。屠場とは食肉解体工場のことであり、古くから部落関係者がそこでの仕事に従事してきた。現在でも根の深い部落差別問題であるが、この本はその一側面を具体的に浮かび上がらせている。もっとも、深刻な問題ばかりでなく、様々な解体技法の紹介なども多く、教養書としての価値の大きな本でもある。実際にわたしたちの日常を支える屠場の実態は知っておく価値がある。
「屠場」は、いわゆる放送禁止用語の類に入る言葉です。マスコミでは「食肉解体場」などとごまかした言葉に置き換わります。その理由は、屠場が被差別部落の歴史と深いつながりがあるからなのですが、世間一般の感覚では、そのこと自体になんの疑問を持たないのが普通でしょう。<P>それは、屠場を紹介した本は少なく、また食肉工場というものも、表世界には登場することが少ないからです。鎌田氏はその「裏」世界をルポの対象に取り上げました。<P>私は、きっと鎌田氏のことだから、被差別部落との関連を中心に置いた重苦しいルポなのだろう、と思って読み始めました。ところが、むしろルポの中心になっているのは差別問題よりも、食肉解体という「産業」、そしてその周辺に成り立っている食肉の「文化」、ここで働く職人たちの「労働問題」などでした。<P>意外な印象でしたが、実は差別問題のルポを期待した時点で、私自身の中に「差別の精神」が存在していることに気付かされました。