わたしはこの事件の起こった年の5月に生まれたので、当時のことは全くわからない。三島の思想や作品に興味をもち、楯の会のことをもっと知ろうとしても、この事件についての著書などは案外少ない。本著は手軽に入手でき、しかも事件について詳しく知ることができる優れた書物である。<BR> しかし、この書にも、三島が行った演説については断片的にしか書かれていなかったのが残念である。詳しい演説内容は、文字としては残っていないのだろうか。
昭和45年11月25日に起きた三島由紀夫と楯の会による自衛隊市ヶ谷駐屯地の占拠、および割腹自殺の事件を追った傑作ルポルタージュ。<BR>三島は日本文化のよりどころを天皇制に求め、彼の思想に共鳴した楯の会員達と自衛隊に向けて決起を呼びかけた。<P>新渡戸稲造の「武士道」の中で外国人より「日本では宗教教育がなく、どのように道徳教育を行っているのか」との質問に対し、彼は「武士道」がその役割を果たしている、と記している。<P>新渡戸の武士道の中には三島が理想としている世界観が広がっている。しかしながら今の日本に武士道は存在しない。ハリウッドから提示された「ブシドウ」に狂喜乱舞している我々を新渡戸や三島はどう思っているのであろうか。<P>読み物として大変知的好奇心を満たしてくれます。三島由紀夫に興味がなくとも、書店で出会ったら手に取って下さい。
この度、陸上自衛隊が初めて海外に派兵されることが決定した。<BR>三島ならこの事態にどのように発言しただろうか、ふとそんなことを考えた人も少なからずいるだろう。三島は自決の直前に撒いた檄文にこう書いている。「あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終わるであらう」<P>本書は自決に至る数年の三島の足取りを、三島の文業や関係者の聞き取りをもとに克明に再現し、下らない評価を交えずに三島の思想的、行動的経過を浮き彫りにしている。秀作である。<P>本書で驚かされたのは、自衛隊の一部将校たちと共に決起できそうな雰囲気が当時の三島周辺には存在したらしいということだ。しかし三島は何度かの打診の上、それが不可能なのを思い知る。それを承知で決起し、自決の直前に「こうするより仕方なかったんだ」とつぶやいた三島は、見まごうことなく戦後社会に対する諫死として自らの腹を切ったことになる。<P>それにしても、アメリカの傭兵に堕した自衛隊のイラク派兵を、涅槃で三島はどのように見ているのか。