クラシックにある程度詳しい人なら、一度は耳にしたことがある名プロデューサー、ジョン・カルショーの回想録です。クラシックのことをあまりよく知らない人が読むと、いまいち分かりにくいかもしれませんが、帯に載っているショルティやブリテン、《ニーベルンクの指輪》というのを聞いて、何のことだか分かる人は、間違いなく面白く読めます。事実、500ページ以上の著作ですが、私は一日で読めました。<P>多くの人に勇気と希望を与えてきた(私も与えられた一人ですが)、クラシックの「名盤」が、実はいかに泥臭い確執を経て生みだされていったか、ということが赤裸々に語られています。いわば業界の裏話ですが、あまり下品な感じはしません。<P>もちろん、これはあくまでもカルショーから見たデッカという一レコード会社の話であり、他の関係者からすれば、いろいろと反論したいことがあるでしょう。たとえば、当時デッカを支配していたローゼンガルテンとルイスの、クラシックに対する無理解ぶりが本書ではかなり語られていますが、本当でしょうか。本当だとすれば、ある種のおぞましさすら感じますが。またそうした彼らの無理解ぶりが、後のデッカ転落の要因になったということが指摘されていますが、多少後知恵の感もあります。<P>それでも、半世紀近くもの間聞かれ続けている「名盤」を次々と世に送り出した、名プロデューサーが書いているだけに、面白いエピソードが満載です(カラヤンやセルのしたたかさ。《戦争レクイエム》を録音する際のドタバタ。ショルティの奮闘ぶり等々)。前述のローゼンガルテンとの確執は、企業経営の教訓にもなるかもしれません。
ある程度の音楽ファンならば彼の名を知っているはずでしょう。私は特別カルショー氏に思い入れは無いのですけど近代レコード産業史として読ませてもらいました。音楽の書籍は登場する楽曲を知っていないと頭の中で音楽が鳴らないため面白くありませんので気軽にお薦めはしかねます。途中、読んだだけの部分もありますが、我こそはクラシック愛好家と自認する方なら私よりはるかに楽しめる事でしょう。<BR>
EMIのウォルター・レッグと並ぶクラシック音楽界伝説の名プロデューサー、ジョン・カルショーの自伝である。未完の大作であり、推敲の手はあまり入っていないと推測されるが、まとまりもよく、また、翻訳が実にすばらしい点は特筆されてよい。<P>クラシック音楽のレコードにとっての黄金期、会社内部、また現場スタッフと名演奏家たち(但し人格者はまれ)の丁々発止のやりとりが描かれており、演奏家とそのレコードを愛好する者にとって、こんなに面白い作品はそうそうあるものではない。その一方で、レコードというものが結局は商業主義の産物であり、常に最上の仕上がりとなるわけではないことも、またしばしば、会社自身が明らかに無価値と知る作品を世に出すことも、本書には隠さず書いてある。私のように年間数百枚のクラシックCDを買う者にとって、こうした告白は(想像はしていても)少なからずショックである。販売の立場から無責任な賛辞を聞かされ、それに踊らされて買ったCDがこれまでいくらあったことか。<P>本書はクラシックジャーナル13号で知った。そこに掲載された原書の表紙はLPレコードの盤面でデザインされており、まことにおしゃれである。それに引き替えて今回の日本語版は大判のpaperbackのような地味なつくりで、こんなに大部な本なのに、私は書店で見落としそうになった。原書のデザインが踏襲されなかったことは残念である。また、章が多いので、章末に訳注を置かれても、どこに章末があるのかわかりにくい。できれば該当ページ見開きの左側に寄せて掲載するか、せめて巻末にまとめて掲載した方が読みやすいと思った。また、ミーハーな意見を書くなら、少しくらい写真を載せてくれてもよいのに、と思った。