あとがきによれば本作品は終戦直後に書かれたとのことであるが、それでも沖縄特効作戦中の大和艦内の様子をほぼリアルタイムに描き出したものと思って間違いないだろう。私は今でもこの作品を一乗組員の証言として捉えている。証言として興味深いことはいくつかあり、ひとつ例を挙げれば、艦内で戦艦対航空機の優劣を論じても戦艦優位を主張する者がおらず、「世界の三馬鹿、無用の長物の見本―――万里の長城、ピラミッド、大和」などと言う雑言が流布していたそうである。このことからすると、この作戦が成功すると信じていた乗組員は一人もいなかったのではなかろうか? それでも任務を疎かにした者はいなかったようである。この辺が日本人の日本人たる所以かもしれないが、やりきれない気持ちばかり湧き上がってくる。<P>この作品が発表された当初(昭和24年頃)、戦争肯定の文学であるとか、軍国精神鼓吹の小説であるとかの批判がかなり強く行われたそうである。敵愾心や軍人魂を強調する表現が含まれているためらしいが、戦闘や漂流、著者を救出した駆逐艦内の惨憺たる描写からは厭戦気分しか催してこない。いずれにしろ、当時の大和乗組員たちが実際に何を思い何をしたのかを後世に伝える優れた作品だと思う。
文語の語り口が、その壮絶さを現すにふさわしい表現形式なっている。<BR>又、その時々に著者が語るたわいもない日常の事柄が、切迫した緊張を伝える。<BR>戦艦大和の出撃は、いわば自殺であり敗戦の象徴を日本人に示す為の出港ではないかと考えた。大和が無傷でいる限り、誰もが奇跡を信じる。大和が沈んでこそ、幻は晴れる、と海軍首脳は考えたのではなかろうか。<P>そうでなければ、この出航は暴挙以外の何者でもない。わずか9隻の駆逐艦と、航空兵力は皆無であって、航路には的潜水艦がいる中での作戦は、外にないのではないか。<BR>著者が戦争の愚かさを後世の人に伝えた手紙だと思う。しっかりと我々は受け留めなければならないと思う。
戦争にはさまざまなかたちがあると思いますが、この本に描かれたことも戦争の一断面だと思います。なまなかな批評や感想を拒絶する名作です。