今回の著書は、「知」と戯れ遊ぶような、かつての“ニューアカ”の手触りがある。そう、まるで「雪片曲線論」の頃のような(ゴジラもフラクタルも出てくるし)。「週刊現代」での連載ということで、そこに著者の“サービス”的なものが芽生え、久々に良い意味で「軽み」と「いいかげんさ」を感じる読み物が誕生したのかもしれない。 <BR> 第一章は、「トウキョウはまるでメリーゴーランドのような都市だ」という、まるでロラン・バルトの焼き直しのようなフランスの友人の言葉で始まる。バルトが空間、面としての東京のユニークさを喝破したのに対し、中沢新一は、空間に時間、つまり面に層というあらたな視点を加える。東京の都市論をレイヤーで捉えるのだ。沖積層と洪積層のはざまの部分が、縄文地図においても、現在の東京においても重要な地点になっている、という仮説だ。確かに、東京は沖積層と洪積層、台地と谷間が都市空間の均質化を防いでいると言えるのだろう。沖積層と洪積層のせめぎあう部分は、それこそフラクタル図形のように複雑で美しく、エネルギーが溢れる感じがする。学術的なことはあえて置いておいて、たまには大胆な仮説と突飛な解釈は飛び交う、こうした読み物があってもいい。「アースダイバー=垂直的な知性の冒険」っていうコンセプトも、なかなかかっこいいではないか!<BR> それにしても、図版や写真の教科書的なレイアウトといい、紙質といい、バルトの「表徴の帝国」を意識した仕上がりではある。<BR> 願わくば、森ビルのフラッグシップである六本木ヒルズについて、もっと突っ込んだ著者の見解を聞きたかった。
土地にはその土地が備え持つ力がある。<BR>故に、忌み嫌われる土地があったり、自殺の名所があったり・・・<BR>この本はあくまで中沢新一が縄文地図をもとに散策し、導きだした東京の土地論である。<BR>人により賛否両論な所もあるかもしれないが、気になる箇所だけ読むようにしても面白いと思う。<BR>個人的には東京タワーが丁度リリーフランキの『東京タワー』を読んでいただけに感慨にふけってしまいました。<BR>米軍の空襲により焼け野原のままだったところでもあり、縄文時代以来死霊の王国跡でもある場所。そこに戦車の鉄材を構成部分に使用した東京タワー。<BR>今度行くときはゆっくり見てみたいと思ってしまった。
縄文時代。いまよりも気候が暖かかったころ(縄文海進期)、海面はいまよりも高かった。東京の地形を考えると「フィヨルド」のようであったであろうと著者は予想し、当時の地図を作成する。すると、驚くべきことがわかる。<P>そのころに陸地や突堤だった場所(乾いた土地)は現在どうなっているのか? 入江だった湿った土地は? 現在の渋谷、新宿、皇居、東京タワーなどの土地の由来と縄文時代の関係があきらかに。<P>これで東京がすべてわかるわけではないけれど、東京の深層分析であり、お散歩ガイドでもあり、旅行ガイドブックにもなっている。体感的に思っていたことと歴史をつなぐ本。<BR>もとは『週刊現代』に連載。地図付き。大森克己さんの写真がエッジーで発色がいい。個人的には、次にグローバル諸都市のダイビングをも期待。