著者も述べているように、軍事的才能は稀有な存在であり、<BR>自分の持っている才能に気づかないで死んでいく人も多かったであろう。大村益次郎は、一つの才能が時代と上手に結合した好例であると思う。たしかに天才というには、いささか地味な感じだが、読み勧めていくうちに、主人公の合理的思考のかたくなさに惹かれていく。
村医者から官軍の軍事総司令官になった大村益次郎(村田蔵六)の生涯。派手さはないが、学者あるいは技術者としての「胆力」を発揮し、明治維新前後の内戦を粛々と指揮する。<P>それでいて、司馬氏の手にかかると、シーボルト・イネとの恋や淡々とした人柄が、可笑しみと愛らしさを生んでいる。本書一読後、1977年放映の大河ドラマのDVDを観ると、主人公を務めた中村梅之助はじめ、どんぴしゃりの配役に唸ることだろう。昨今の学芸会化した大河とえらい違いである。<P>靖国神社に蔵六の銅像が「立っている」のは面白い。実務的戦略家であり続けた彼の生涯を知れば、「精神論で戦争はできぬ」ということを日本人はよく諭るはずだ。
百姓から医者を経て,エンジニア兼翻訳家へ転進し,最後は幕末官軍の軍事最高ポジションまで務めた大村益次郎の話.教科書的に有名でもなく,人生のほとんどを地味に過ごした技術者がこれだけ豊かに生き生き描かれているのがこの小説のすごいところ.上巻は大阪の適塾で蘭学を学び,蘭学の才能を買われて宇和島藩から幕府,そして郷里の長州藩へ戻るところまで.圧巻なのは,宇和島藩から頼まれて,本からの知識だけで砲台や軍艦の開発をやってのけたところ.司馬氏も書いているように,リアルとバーチャルの境目をなくせるというか,科学的知識を自在に操りつつ分析・想像するのことできる力があったのだろうと思われる.圧巻.<P>また,シーボルトの娘イネや桂小五郎の魅力,江戸での福沢諭吉との関係なども面白く読んだ.徳川封建体制の身分制度をかいくぐって士分になるには医者になるのが手っ取り早かったといったサブトピックも十二分に楽しめる.