と、誰もが思うだろう美味しい楽しい一冊。老舗、名店があまた紹介されているが、私は神田「竹むら」(超有名甘味処)の前で偶然、たったいまそこから出てきた、日頃は酒飲みで「甘いもの何て男の食べるものじゃないよ」と公言していた幼馴染にばったり出会い、「おい、貴様、いまぜんざいを食べただろう」とニヤリとする件が一番好きだ。池波センセイの案内で、一緒に食べ歩きをしたいと誰もが思うだろう一冊です。
著者の行きつけであった店について紹介した本です。ただ、著者が「いわゆる食べ歩きの本ではない。私の過去の生活と思い出がむすびついている食べ物や店のことを語ったものである」と書いているように、単なる店や料理のガイド本ではありません。その店の主や女将、従業員たちの、食材に対するこだわりや、お客への接し方等、要は彼らの生き様を綴った本といえばいいでしょうか。さらに、池波ファンにとって嬉しいのは各店について1枚、著者自身による挿絵が付けられている点です。また、著者の食エッセイの最後の作品であり、これまでのエッセイでおなじみの井上留吉や辰巳柳太郎等のひとびと、煉瓦亭やたいめいけん等のお店が総登場する、池波食エッセイの総括的要素があるのも見逃せない点ではないでしょうか。むかしの人の生き様を通し、物質的には豊かではなかったかもしれないけれど、精神的には豊かな時代があったんだなあとしみじみ思わせるエッセイ集です。
久々に銀座に逗留した機会に池波先生の遺徳を偲んでお勧めの新富寿司、煉瓦亭、資生堂パーラーを巡ってみました。新富寿司では職人気質の大将がにこりともせずに寿司を握ってくれました。あれほど作中に出てくるにもかかわらず「池波先生も一人のお客さんですから」と素っ気無く言われてしまいました。ゆかりのものも全くないそうです。お寿司は銀座としては極めて良心的な価格で美味しくいただきました。江戸前の穴子とひかりものが特に美味しいと思います。煉瓦亭は本当に素朴な雰囲気の店で気取りも無く、庶民的な感じのお店でした。シチューとカツレツはお勧めです。資生堂パーラーは探すのに苦労しましたが地下のお店は落ち着いた静かな雰囲気です。給仕の方も丁寧で親切でした。一見の客も大切に扱ってくれます。こくのあるビーフシチューがお勧めです。池波先生の暖かい人柄を感じられる幸せな時間が持てました。