世界のOZAWAの本である。かなり古い。<BR>しかしながら、世界でも数少ない名の知れた日本人の一人の小澤さんですが、やはりそういう人は、大抵、餓鬼のころから、何かしら特筆すべきことがあるのですね。Dr中松はしらんけど。彼が生きているうちに彼を聴きたい、というのは一つの目標である。<P>「何より、柔軟で鋭敏で、しかもエネルギッシュな体を作っておくこと。また音楽家になるよりスポーツマンになるようなつもりで、スコアに向かうこと」
小沢征爾は世界で最も著名な日本人と言っても過言ではない。そのようなマエストロ小澤が26歳のときに著した青春記が本書である。1959年2月1日の神戸港から始まり、1961年4月24日に小澤の永遠の恩師のひとりであるバーンスタインとともに羽田へ凱旋するまでの小澤の2年半近い海外での奮闘ぶりが描かれている。<P> ブザンソンの国際指揮者コンクールでの優勝が、その後の小澤の音楽人生を大きく変えたことは多くの小澤ファンの知るところであるが、エントリーに遅れ、コンクール参加が絶望的な状態のなかで、在仏米国大使館音楽部の太ったおばちゃんの東奔西走のお陰で参加が実現し、見事に優勝するところなど実に興味はつきない。<P> 今や世界的マエストロである小澤の原点を知る上でも、本書は極めて有用な書であると考え、ひとり小澤のファンばかりでなく多くの音楽ファンに一読を薦める。
毎年年末になると決まって、多くの人は第九をはじめ音楽を聴く機会が増えるのではないだろうか。街中も音楽で溢れる季節である。<BR>現在、世界でその頂点に立った小澤氏の若き日の成功日記である。力強い、感性豊かな文章に導かれ、イッキに読んでしまった。流石である。<P>彼は「共生」という言葉をよく使うそうである。「共に生きる喜びを共有する」ということらしい。ほんのつかの間ではあるが、それを彼に共有させてもらった喜びと勇気に感謝したい。<BR>同時に、10年以上前、私がヨーロッパに住んでいたころのことを、とても懐かしく思い出させていただいた。<P>若い人よ、この本を片手に持って、勇気を持って人生にチャレンジしていただければ幸いである。