自分が学校で習った歴史というのが、白人優越主義のもとに成り立っていたことに気づかされる。同じ歴史を違う視野から見直してみると、いかに違って見えることか。視点を変えることの意義を鮮やかに教えてくれる。<BR>残念なのは、韓国併合や南京大虐殺といった内容の部分で、著者もまだ戦後教育を断ち切れていないことだ。しかし、そのような詰めの甘さがあっても、全体的に見ていくと我々が学校教育で与えられる歴史認識の転換を迫らせられるすばらしい著作である。
なんとも過激なタイトルだが、読者獲得という点でこれは「吉」と出るだろうか「凶」と出るだろうか。いずれにせよ、本書の内容を的確に表しているのは確かである。<P> 著者は長期の海外生活を通して、欧米人の日本に対する無知と偏見を目の当たりにし、それに対して積極的に反論してきた人物。ドイツのテレビに出演したときには、収録後、駅頭で視聴者から平手打ちを食らっている。本書も、原書はドイツ語で書かれたものである。<P> 著者はまず欧米人の無知と「優越感」を検討し、それを覆すために、江戸時代の日本の社会制度やインフラの充実ぶりを描き出す。これが明治の「近代化」を成功させた要因であるばかりか、「近代化」によってむしろ良さが失われた面もあると主張する。例えば明治の「農地改革」は、共有地を個人の所有地にしてしまったあげく、大地主を作り出してしまった。<P> 開国前後の列強のやり口の汚さも執拗に描き出している。「ナイーブな日本人」と「力が信条の欧米人」という対比である。それにしても啓蒙主義以前のヨーロッパが、アジアとの貿易で輸出するものがなくて、「白人奴隷」を輸出していたという事実は知らなかった。こんなことを書かれては怒るだろう。<P> しかし本書は単に相手を叩きのめすだけの言論ではない。著者は江戸時代の日本を、これからの世界のあり方を考えるときのモデルに出来るのではないかと提案しているのである。江戸時代には、鎖国をした閉じた狭い空間に、おおぜいの人間が大きなトラブルなく暮らしていた。確かにこれは21世紀の世界のあり方を模索するに当って参考になるかもしれない。<P> 本書について快哉を叫ぶだけの読者は、次のエピソードも知っておくべきだろう。平手打ちを食らったことをテレビで話した著者は、すぐに多くの花束とお見舞いを送られ、そこには次のような文面もあったという:「あなたの言うことは腹立たしい。でも本当だから仕方ない」。