日本の黒い霧〈上〉 みんなこんな本を読んできた 日本の黒い霧〈上〉
 
 
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日本の黒い霧〈上〉 ( 松本 清張 )

 高度経済成長期に生まれた私はこの本でとりあげられた事件を体感していない。そして学校の歴史教育は昭和史、戦後史を欠落したままである。空白を埋めるべく各種昭和史、戦後史、現代史をこれまで読んできたが、そのなかで本書は最もエキサイティングな一冊である。<BR> 教科書的、正統的な現代史ではなくアメリカによる日本占領という特異な時代のなかで、闇に蠢く人々の世界を清張独自の史観で描いている。<BR> GHQ内のG2、GS対立の話はおぼろげながら知っていたが、この対立が下山国鉄総裁謀殺の遠因であることを本書を読んで初めて知った。<BR> これら事件の公開された資料、情報は限定されており、清張の推理には飛躍を感じることもあるが、本書は一級の歴史資料であり、かつワクワクするノンフィクションである。<BR> 清張が現代のイトマン事件、グリコ森永事件を取材していたらどんな作品を残しただろうか?興味深々である。

 これは,不世出の社会派推理小説作家である松本清張が,GHQ占領下の日本の暗部にメスを入れた貴重なノンフィクション作品である。上巻では,下山事件,もく星号墜落事件,昭電・造船疑獄事件,白鳥事件,ラストヴォロフ事件,伊藤律事件が扱われている。<BR> 1945年8月のポツダム宣言の受諾から1951年9月のサンフランシスコ講和条約の調印までの間続いたアメリカ軍による日本占領の期間,日本国内は,不可解,奇怪な事件,壮絶な組合闘争等が相次ぎ,混沌かつ騒然とした空気に満ちていた。その背景には,GHQの統治政策の大きな変化,すなわち,1946年の公職追放令から朝鮮戦争を契機としたレッドバージヘの転換(1950年)が色濃く見受けられる。さらに,清張は,本書で取り扱った各事件に関する資料を丹念に調査するうち,G2(参謀部第二部作戦部)とGS(民政局)のGHQ内部の対立,そして,これに絡むCTS(民間輸送部)等の暗躍が,いずれの事件の背後にも見られることに気付く。本書では,全ての事件にこれらの対立構造,権力構造が見え隠れする,そのような観点から事件の闇の部分に鋭く迫っている。<BR> 「戦後三大鉄道謀略事件」とも呼ばれることもある下山事件,三鷹事件,松川事件のうち,上巻で取り上げられた下山事件には,やはり力が込められており,グイグイと読ませる。必ずしも十分ではない資料と資料との間を,点と点とを繋ぎ合わせていくように推理,推測した上で,「黒い霧」を少しでも晴らすようにと一つの仮説を立てていく清張の力量には並々ならぬものを感じる。<BR> そして,最も重要なことは,これらの事件の存在すら忘れられかけている現在,GHQの日本占領史の裏の裏にまで迫るような迫力で書かれた作品は殆ど存在しないということである。清張は自ら,「(GHQの日本占領史の多くは,)『正統的』な現代史といった概観的なものが多く,私のような感じ方で書かれたものは少い。こういう事件も,今のうちに,何らかのかたちでメモしておかなければ,将来,分からなくなるのではなかろうか,というのもこれを書いた私の密かな気負いであった。」と語っているが,不幸にして,この予測は当たってしまっている。もちろん,若干の論理展開の荒い部分ば感じられることは間違いない(本書を巡っては,清張と大岡昇平との間で論争らしきものも起こったようである。)。しかし,さらに混迷の度を深めている21世紀のはじまりに,日本における「戦後統治」の実像を辿る資料として,本書は,やはり一級のものというべきであろう。<BR> 本書は,しばらく入手困難であったが,最近の清張ブームに伴い,久々に新装版として帰ってきた。このような歴史的著作物が消え去ることなく復活したことに,心から賛辞を送りたい。

映像化された「けものみち」や「霧の旗」などで、大いなる社会の暗部を緊密に描き出す松本清張の重厚な迫力に圧倒され、膨大公汎な作品をいつか読破してみたいものと念じたが、「ゼロの焦点」「点と線」から先に進めず、半分あきらめかけていた。昨今新たな清張ブームが見られるものの、ドラマの作りが以前感じた重厚さに欠け、落胆することが多かった。そこへこの新版の登場である。読み始めて一気に読み終わると同時に思ったのは、ノンフィクションから始めれば制覇も可能かもしれないということだった。以上は個人的な感慨である。<BR>日本の戦後に関する教育は恐ろしいほど欠落している。戦後間もなく教育に携わった世代にとって、それは同時進行中の日常であり歴史ではなかった。しかもその日常ですら、GHQの壁の中へと消えてしまえば解き明かせない謎が横溢していた。触らない方がよさそうな物事を、日本の教科書は避けて通って来た。その教科書さえ戦後部分は読まれる事なく多くの学校は歴史教育を終了する。体験した世代が語り継がなければ、その時代の記憶はどんどん失われて行く。現代の大学生のどれほどが、下山事件や伊藤律を知っているだろうか。軍国主義を感じさせる箇所に墨を塗った教科書は実体として教育思想を示してくれるが、現在の日本史の教科書が取り上げない戦後史の闇は、同時代を生きた世代がいなくなれば、透明化して痕跡を遺すこともなく葬り去られてしまう。その日を待っている人々が、きっと地球の何処かにいまだ存在する。<BR>松本清張は、彼が生きた時代の日本の黒い霧の彼方を何とかして洞察しようとした。現代の日本人は、もはや闇に沈みつつあるこの霧を見つめなおす時期に来ているのかも知れない。あれよあれよといううちに日本が急旋回しつつあるかに思える今、道義を通せる社会の実現をあきらめてはならない。

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