上巻に続き、日本の近戦後の闇を描き出して行く作品。日本をそれぞれの権益のためにとことん利用しようとしたGHQの各部局、自分独自のアジア構想のために多くの国や兵力や人間を駒のようにあやつろうとして挫折したマッカーサー、そしてGHQに絡みついて利権にむらがり、結局は暗黒を内包したままの現代の日本につながる底流を築いた日本の政・財・官。清張がこの作品を書いた当時にして既に、これらの蠢動の真相は手の届かないところに消え去ろうとしていた。清張の憤怒や焦燥、ペンをとる者としての使命感、正義感、そして反骨精神が行間に満ちている。大岡昇平との論争の一端も記されているが、当時の作家の社会意識の高さを伺わせる。終戦60年、今日の日本では正義の怒りが影を潜め、暴力と不正と隠匿が横行している。道理が通る社会を…と、やはり思わずにはいられない。しばらくは清張の巨大さに没頭してみようかという気になってきた。
これは,不世出の社会派推理小説作家である松本清張が,GHQ占領下の日本の暗部にメスを入れた貴重なノンフィクション作品である。下巻では,接収ダイヤ問題,帝銀事件,鹿地亘事件,松川事件,追放とレッド・パージ,朝鮮戦争が扱われている。<P> 下巻での白眉は,帝銀事件,そして,「戦後三大鉄道謀略事件」とも呼ばれるものの一つ松川事件であろう。特に,「青酸カリ」により12人の死者を出し,容疑者が裁判で死刑を宣告され確定しながらも,ついに刑が執行されなかった帝銀事件の奇怪さと,その背後に見え隠れする「黒い霧」とは,忘れてはならないものであろう。必ずしも十分ではない資料と資料との間を,点と点とを繋ぎ合わせていくように推理,推測した上で,を少しでも晴らすようにと一つの仮説を立てていく清張の力量には並々ならぬものを感じる。<BR> そして,最も重要なことは,これらの事件の存在すら忘れられかけている現在,GHQの日本占領史の裏の裏にまで迫るような迫力で書かれた作品は殆ど存在しないということである。もちろん,若干の論理展開の荒い部分ば感じられることは間違いない(本書を巡っては,清張と大岡昇平との間で論争らしきものも起こったようである。)。しかし,さらに混迷の度を深めている21世紀のはじまりに,日本における「戦後統治」の実像を辿る資料として,本書は,やはり一級のものというべきであろう。<P> 本書は,しばらく入手困難であったが,最近の清張ブームに伴い,久々に新装版として帰ってきた。このような歴史的著作物が消え去ることなく復活したことに,心から賛辞を送りたい。
終戦後、米国の占領下にあった日本。昭和20年代に起きた怪事件の裏側にあったのは何か、公表された“記録”とは別の“真実”がそこにあったのではないかと、松本清張が検証、推理していく戦後昭和史ドキュメント。下巻には、「征服者とダイヤモンド」「帝銀事件の謎」「鹿地亘(かじ わたる)事件」「推理・松川事件」「追放とレッド・パージ」「謀略朝鮮戦争」と、「なぜ『日本の黒い霧』を書いたか」が収められています。<P> 関係者の証言や残された記録を手がかりにして事件の真相を探っていくと、どうも公表された事と違うのではないか、様々な不審の点がそこにはあるようだと論を展開していく清張の推理。それは実に説得力のある力強いものでした。「推理・松川事件」などは殊に、公表された記録よりもよほど真相に迫っているのではないかと思った次第です。<P> 戦後当初は日本の民主化を奨励、推進しながら、それが高じて共産主義の勢力と結びつく恐れがあると見るや、占領政策を方向転換し、日本を極東の対共産圏の防波堤となるべく誘導したGHQ。その内部で、GS(民政局)と激しい主導権争いを繰り広げていたG2(参謀部第二部・作戦部)。事件の“黒い霧”の中から、このG2の謀略の影がゆらゆらと立ち上ってくるところにぞっとしました。<P> 事件の裏にあるものを丹念にえぐり出していく清張の推論に、鋭さと凄みを感じた戦後昭和史ドキュメントです。