藤沢文学の中でも、「成長」をたんねんに描いた珍しい作品で、その意味では読後感が他のものとまったく異なります。それはひとことで言ってしまえば「清々しさ」になるのでしょうか。<BR> 少年が青年になる過程での正義感・恋心・含羞・人生に対する懐疑とその克服などがあますところなく描かれており、特に男性諸氏の共感を得るのではないでしょうか。<P> そしてストーリーは単に成長にとどまらず、最後は藩のお家騒動に巻き込まれた主人公が自らの剣をふるって初恋の人を助け出すあたり、エンターテインメントとしても一流でしょう。様々なプロットが後半に生かされてくる名作です。<P> 私個人としては、老齢の孤高と哀歓を描いた「三屋清左衛門残日録」と好一対を成す青春小説のようで、大好きな作品!です。男子の本懐を遂げる主人公の姿に、わがことのように喜ぶ私です。
切ないほどに美しく、凛然としてすがすがしい。<BR>若い頃からの剣の修行、淡い恋、逸平や与之助との友情、藩の世継ぎ争いからの父の悲運とも言える切腹、里村家老と稲垣元中老の罠など息をも吐かさぬ話の展開。<BR>その中にあって牧文四郎はどこまでも武士の子として毅然として自らの運命に立ち向かうのである。<BR>二十余年の歳月が過ぎて出会ったふくと文四郎の二人が交わす言葉は遠く過ぎていったあの頃を取り戻したかったかのように響く。<BR>「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」・・・・・・・<BR>「それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」<BR>20年ー 人を想い続けたことがありますか?
鮮やかな緑色の樹木と透明な夏の空気。<BR>場面は秋であっても冬であっても、全編を通してこのようなイメージで満たされている小説である。<BR>藤沢作品はもちろん、時代小説というものを初めて読んだのだが、この小説で初めて<BR>「話の筋によって心が躍らされる」という体験をした。それぞれの章に独特のリズムがあり、<BR>ぐいぐいと惹きこまれている自分に、ふと気がつくのがおもしろい。<BR>「蝉しぐれ」は読んでいるとき、あるいは読み終わった後になってようやく思いがいたって、<BR>じんわりしたりジーンとしたり、すがすがしい涙を流したりするように書かれている。<BR>いつまでも変わらない人間の心、気持ち、思いが、ほどよくちりばめられているのは、<BR>現代小説ではなく、読み手それぞれが好きなようち?思いをはせることのできる時代小説ならではだと思う。<BR>のんびりと時間のとれるときに、じっくりと読んで欲しい。