まるで映画のパンフレットのような薄っぺらい小学校<BR>高学年の理科の教科書を見て驚いたばかりのタイミングで<BR>この本を読んだ。<P> ゆとり教育の真の?狙いについての考察を読んで、さらに<BR>驚くと同時にちょっと考えてみると納得のいく現実があること<BR>に気づかされる。<P> その他3章、5章などは食い入るように読んだ。深く考え<BR>させられた。全体を通じた筆者の論考については、未だ評価で<BR>着ないでいるが、精緻な調査、インタビューに裏付けられた<BR>論の進め方はうらやましく思った。<P> インパクトがある一冊です。もっと早く出会いたかった。
機会不平等の題名の通り、市場偏重が進行する社会変化の中での歪みを捉え、解明しようとしている。教育と労働組合に関する章(1.2章)は引用やインタビューが多すぎてやや難解に感じた。しかし、指摘している実態は概ね正確であると思う。筆者はゆとり教育実施の前夜に義務教育を終え、大学生の時に小中学生に勉強を教えたことがあるが、大分内容量が減少したと感じた。それはさておき、市場化は市場に適さない分野まで広がりつつあり、日本の社会システムはセーフティネットなしの実力以上に運不運に負うところが大きい社会システムに変換しようとしている。老人と子供の市場化がまさにその一部をあらわしている。第5章は一部の財界人の基本思想を支えているような経済学者について書かれており、その人たちの思想の一部が垣間見ることができて興味深かった。私個人としてはヨーロッパは階級社会であるが、アメリカに比較すれば、衣食住などに関するセーフティネットは十分に張られており、新自由主義が描く社会の仕組みより運不運に左右されることなく、堅実に生活できる仕組みが築かれているように思える。新たに現れはじめた社会は今まで以上に消耗を強いる社会である感をこの著作を通じて強めた。
経済のグローバル化が進むにつれて、むしろ国内では逆に国民に対する監視統制が強化されていくと言う現実を、オムニバス形式のルポルタージュで鮮やかに描き切った原著を文庫化したものです。<P> 経済のグローバル化とともに、経済的「勝ち組」と「負け組」の格差がえげつなく拡がり、そのしわ寄せが一方的に「負け組」に押し付けられる現実。この本では、正社員よりも格下扱いされる派遣社員、パート社員の戦々恐々する日々。教育の民営化の名のもとに「非効率的だ」と言うことで切り捨てられていく老人介護や、学童保育。といった身近な現実を克明に描くことで、その酷薄さが浮き彫りにされていくのです。<P> そのような階層分裂が進んでいく現実に対して、新自由主義の名の下で「ゆとり教育」と言う名で経済的、教育的弱者から「教育の機会均等」の原則を奪っていくとか、「教育基本法改悪」で国民をエリートにとってのロボットにしてしまう形で「勝ち組」イコール「エリート」たちが、それ以外の人間が抵抗する手段を奪っていく行為は、とっても罪深いものがあると確信しています。<P> 更にこの本の圧巻となっているのが、階層分裂や機会均等原則の廃止を目論んでいる学者、識者の思想が具体的に挙げられていることではないでしょうか。その具体例として誰が挙げられているかは本書を読んでください。<P> それにしても、このようなエリート層の暴走を如何に抑えるのか?この本は私たちに以上の質問に対する答えを要求しています。