マイルス・フリークとして知られる、あの中山康樹氏の著作だけに、かなり過激な中身を想像していましたが、意外とまともでした。素(す)の中山氏をおもてに出すのではなく、神話に彩られたエヴァンスの真実に迫ろうとする労作です。<BR> マイルス亡き日本のジャズレコード界を救った「ワルツ・フォー・デビィ」がレコーディングされた当時、ベースのスコット・ラファロはギャラが安いからとトリオを離れ、スタン・ゲッツのカルテットに加わっていたことは知りませんでした。ところで、当時のクラブ1晩のギャラ10ドルは今いくら位の価値があるんでしょうか。
エヴァンスの人生は、我々が想像する以上に過酷だった。<BR>ドラッグ、父の死や恋人と兄の自殺、最良のパートナーだったラファロ<BR>の事故死、当時のジャズ業界の生き馬の目を抜くような厳しい環境。<BR>彼に安息の場があるとしたら、ピアノを弾いているときだけだったのか<BR>も知れない。だからこそ、あのような繊細で危うい美を表現できたの<BR>だろう。<BR>あの美しさを表現するには、尊い犠牲が必要なのだ。<BR>死に彩られた生は、この世のものとは思えないほど、美しいものを生み<BR>出す。死に近いからこそ、生の美しさが目映く感じられる。<BR>芸術家の業。<BR>どんな苛烈なものでも表わさずにいられないという業。<BR>彼も人間であることより、ピアニストであることを選んだひとだった。