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アラブが見た十字軍 ( アミン マアルーフ Amin Maalouf 牟田口 義郎 新川 雅子 )

非常に素晴らしい名著でした。十字軍の歴史書というよりは、中世における地中海世界の政治社会の分析という感じです。著者はレバノン出身です。<P>日本の学校教育での『世界史』は、欧州ナショナリズムに基づく偏ったものです。文明はギリシア・ローマに始まって欧州が継承したのであり、欧州が世界の中心として人類の歴史が発展したものだと・・・。<P>実際は、地中海世界のギリシア・ローマ文明の継承者は、ビザンツとアラブであり、中世の先進国も彼ら(と独自の文明史を持つ中国)でした。当時の欧州は野蛮な後進国だったことがわかります。<P>本書の特徴は、まさに十字軍の舞台であった中東の視点で現地レポートされていること。先進国であったアラブ世界での政治抗争がアラブの視点で描かれています。<P>絶頂期にあったアラブが、その担い手をトルコやクルドに委ねていくこと。野蛮な欧州がアラブから先進文明を学び取った反面、アラブは欧州の近代化を学ぼうとしなかったこと。「西は東から学んだが、東は西から学ぼうとしなかった。」アラブの視点で、アラブを自己評価する結論も非常に尊いと思います。<P>日本は近代化に成功して、欧米列強に肩を並べました。一方で、アジアの大国は、欧米列強の植民地化を受けた結果に・・・。この著書は、アラブだけでなくアジアにも深い示唆を与えていると感じました。一方で、日本は欧州ナショナリズムに毒されるのではなく、もう一度自分たちの目で世界史を見直す必要があるでしょう。

本書はアラブ世界の視点で十字軍の侵攻から後の反攻、<BR>さらにサラディンという歴史的英雄の登場を活写しているわけだが、<BR>これらの推移をふまえつつ現代アラブ世界と欧米諸国の<BR>対立が抱える問題にまで挑戦的に言及しているのは興味深い。<P>高校の世界史の教科書では、ほんの数ページ、<BR>それもヨーロッパ側の見方でしかない内容だった十字軍史が、<BR>アラブ側から見ることにより、より多面的に、立体的に<BR>当時の人々が何を考えていたのかがよくわかる。<P>もともとハードカバーで売られていたものだけに、ページ数と値段は結構なボリュームだが、<BR>手に入れる事も至難だった時期を考えれば非常にありがたい。<BR>しかも単なる歴史の羅列を記したものではなく、物語としての表現も軽妙かつ秀逸なので<BR>ちょっと普通の歴史小説は飽きた……という人は大いにのめり込むだろう。<P>大学で史学を専攻したいと思っている高校生にぜひ薦めたい作品だ。<P>ちなみに本書は知る人ぞ知る有名なファンタジー小説、<BR>「アルスラーン戦記」の参考資料にも使われており、<BR>ファンなら登場する固有名詞にニヤリとする事も多々ある。

中世ヨーロッパ世界による聖地回復のための十字軍。<BR>後のルネサンスから近代への発展へとつながっていく契機ともなった重要な歴史的事件であり、今でも「異教徒との戦い」に「十字軍」の名称が使われるくらい、ヨーロッパの精神史に大きな痕跡を残している。<P>日本における十字軍の受容はおもに西洋発のものであった。<BR>学校の世界史の授業でも西洋からの視点で十字軍について教えられている。つまり加害者からの視点である。この書は被害者であるイスラム世界側の視点から描かれているという点で興味深い書である。<P>この書には西洋における十字軍の事情はほとんど語られない。<BR>十字軍の提唱者であるウルバヌス2世の名はほんの一部、他の十字軍に関する書でよく取り上げられるフリードリヒ・バルバロッサやリチャード1世もわずかにしかでこない。この書で登場する西洋人はサンジル・ゴドフロワ・ボエモンといった実際に従軍し、現地に王国を築いた騎士たちの名である。<P>そして当時の中東情勢のおいて十字軍がどれほどの影響を持っていたかも知ることが出来る。乱立気味の東イスラム世界において十字軍は大きなインパクトであったことは確かだが、イスラム諸侯が一致団結して十字軍と戦うことは殆どない。イスラム諸侯間での集合離散、場合によっては十字軍勢力と結んで他の諸侯と戦う姿はこれまでの十字軍とイスラムの戦いのイメージを覆すものである。<P>十字軍というとどうもイメージ先行だった嫌いがある。<BR>この書で当時のイスラム世界の情勢というものを知ることが出来た。<BR>ジハードの戦闘的側面は近代において強調されるようになったというが、確かに十字軍時代には宗教的に強い動機を持つジハードが行われたわけではないようだ。<P>最期に題名の「アラブが見た」というのは内容を正確に表していないように思う。なぜなら、この時代・地域に登場する人々の多くはトルコ人・クルド人といった非アラブのムスリム勢力だからである。

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