会社の組織管理の参考にしようと手に取った。が、「人間」そのものから解き明かしていく本書は、単に管理ノウハウの書ではなく、企業・組織・人材の哲学書であった。読み進めるに従って、「会社は社員とどう向き合うのか」が問われ、自分自身の価値観を揺さぶられる。社員が生き生きと仕事が出来る企業・組織とは何か。社員が仕事を通して自己実現出来る企業・組織とは何か。そもそも、自己実現とは何か・・・。具体的な事例や参考となる比喩が、本書の至る所に散りばめられている。読後、ドラッガーの書と並べて本棚に入れた。
A.マズローと言えば欲求段階説であり自己実現欲求、そんな覚え方をしている人は多いだろうし、かく言う自分自身とて大差ない。その著「完全なる人間」によって行動主義とフロイト派から離れた「心理学第三勢力の父」としての功績はあまりに大きく、更にはエドガー・シャインとウォレン・ベニスが彼の弟子に当ることを考えると、とてつもない巨人だと言えよう。<P> まず断らなければいけないことは、はっきり言って難解な文章だということ。そもそも読み難いマズローの文章は、本書が手記の編纂であること、60年代に書かれたものであることが相まって、決して読みやすいとは言えず、読了には骨が折れる。しかし、本書では、ウォレン・ベニスの冒頭や金井泰宏氏の解説、現代経営人による解釈コラムによって、その意味付けや現代的・実践的解釈が理解し易いように構成されている。<P> 彼のマネジメントに対する心理学的洞察は本著の一編「進歩的な経済活動と経営管理」に表出しているように思われる。このなかで彼が提唱する「ユーサイキアン・マネジメント」の36の仮定に、前提を為す与件、人間観が現れている。「誰もが受動的な助力者であるよりも原動力でありたいと望む。道具や波に翻弄されるコルクのような存在でありたいとは思わない」、これが彼の組織を構成する人間に対する認識だろう。<BR> 一方、彼の欲求段階説に従い、人間の欲求が多様であって、夫々の段階に応じたマネジメント策が在り得ることを示唆している。マネジメントは、この多様性を認知せず一様に取扱うか、逆に多様なものとして不作為に陥るかの傾向があることを省みれば、「存在価値」と「欠乏動機」など、マズローの指摘は今更に新鮮な気づきを与えてくれる。<BR> また、マグレガーやドラッカーに対する批評の部分など、興味深い点は尽きない。<P> 「仕事を通じての自己実現は、自己を追求しその充足を果たすことであると同時に、真の自我とも言うべき無我に達することでもある。自己実現は、利己-利他の二項対立を解消するとともに、内的-外的という対立をも解消する」。マズローが概念提供し、今現在多用されている「自己実現」という言葉の意味がここにも現れよう。また、マズローによって構築された「人間主義心理学」のスタート地点が、陽明学の「心即理」など東洋思想に通じていることは興味深い。
自己実現は誰にでも訪れるわけではなく、仕事に前向きに取り組んだ人にのみやってくるという考え方が発見でした。一般に自己実現の概念が紹介されている時、人間なら誰にでも自己実現はやってくるという甘さが含まれているように思います。読む前に注意するべき点はこの本を読んでも欲求階層説に触れることはできない点です。