前半を読んで投げ出したくなった。ほとんど数学と確率論の話に終始しているからである。この前半を読んで後半に進むのを断念してしまった方も多いにちがいない。<BR> しかし、この本の力点は前半にではなく後半にある。なので、この分冊のみを読んで投げ出すことのないように願いたいと思う。幸い、前半を読んでいなくとも後半の理解は何とか可能だと思われる。
リスクという概念自体がなかった古代ギリシャ、ローマ時代からいまに至るまでを時系列にして、それぞれの時代で業績を上げた人物を登場させ、いろんなリスク論を紹介していく。<P> 時代を経るごとにリスク論は百花繚乱となり、複雑さも増してくる。そこで1900年以降(近代・現代の各章)を読み進めるには、次のような対立軸を念頭におかれるとよいのでは。<BR> それは、未来のことは計算可能という側と、計算不可能という側の対立軸だ。数学を駆使すれば未来の予測はできるとする側の代表格は、(やや古いところで)ケトレー、(20世紀に入って)フォン・ノイマン、モルゲンシュテルンなど。一方、いや、未来のことは不確実性や人間の直感というノイズに阻まれるから計算するのは無理、という側はケインズやカーネマン、トヴァスキー、タラーなどが論陣を張る。<P> ノンフィクションとしてのエンタテイメント性に終始している感じはなかった。過去形の話があたえられるのではなく、いまに直結している話だからかなと思う。<P> 金融や株に興味のない人でも、将来を予測することと数学との関係性については興味をもって読めそう。節々に専門用語とかが前ぶれなく出てたりもするので、いきなりこの本に当たるのが不安ならば、たとえば野口悠紀雄先生の『金融工学、こんなに面白い』などファイナンスについての新書・入門書を読んでおけば、この本も読みやすくなって、興味も知識も倍増することと思います。
題は「リスク」となっているが、実際には株式投資の理論本である。しかし、数学的・統計的理論の解説は前半部で行われており、この部分の知識が前提となっているが、知らなくてもこの下巻だけ読めるようになっていると思われる。なので、この巻だけ購入するというのもありだろう。<BR> 株式理論の構築には統計学の知識は不可欠だが、それ以外にも人間行動が合理的なのか不合理なのか、その算定が重要になってくることも一章を割いて書かれている。古典派(新古典派も)経済学では、「人間は合理的に行動する」ことが前提になっているので、この視点は大切だと思われる。「人間は、収益に関してはリスク回避的に、損失に関してはリスク愛甲的に動く」ことは興味深い。また、近年の投資を考える上で欠かせないデリバティブについても、簡単ではあるがその登場するに至った背景と意味(リスク回避)についても説明がある。<BR> むしろ驚くべきことは、このような本が米国でベストセラーとなったことである。投資に対する国民の感覚が日本とだいぶ異なるのであろう。また、この本とほぼ同等の内容を簡単に紹介している本として「αを探せ!最強の証券投資理論」がある。どちらを読むかは悩ましいところだ(評者は両方読んだ)。