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| さむらいウィリアム―三浦按針の生きた時代
(
ジャイルズ ミルトン
Giles Milton
築地 誠子
)
主としてヨーロッパの今に遺る広範な資料を典拠に、客観的な叙述を貫いた労作である。タイトルからして、多分に小説的ドラマ性に寄り掛かった内容かと思ったがそうではない。万里の波濤を乗り越え、勇躍、海外に飛び出して行った歴史的事実としての『冒険商人』らの姿がここには活写されている。事実というからには、むろんきれいな姿ばかりではない。彼ら商人であり船乗りらは概して金に汚く、飲んだくれで好色、何かにつけ暴力的である。イギリス人同士の仕事をめぐる嫉妬と憎悪、あるいは貿易上のライバル、オランダとの事実上の血で血を洗う抗争など、日本を舞台にしたこれらのエピソードには、少なくとも教科書や映画では知り得なかった驚きを読者は感じることだろう。漂着というかたちであったにせよ、暴利を目論み、やって来たイギリス東インド会社の面々に先んじて日本で住み暮していた主人公ウィリアム・アダムズ(三浦按針)は、これら荒くれ者の目には、見なれぬ衣装を身にまとい、腰に大小を差すひとりの厳粛なる「さむらい」として、カルチャー・ショックの権化として立ち現れる。すでに10年以上日本で過ごし、日本人というより特権的武士階級としてのマナーを会得し、日本語も理解でき、家康、秀忠という二代にわたる時の最高権力者の信任も篤いその存在は、その後の平戸におけるイギリス人社会では波紋を漂わせつつも通商上、なくてはならぬ存在となる。国家体制そのものがますます閉鎖的になっていくこの国にあって、いつしかイギリスはオランダとの貿易競争に破れ、日本をあとにする。時おかず、その後アダムズも55年の波瀾にとんだ生涯の幕引きを迎える。二度とイギリスの地を踏むことのなかったアダムズのこのあたりの経緯については、いささか唐突の感は否めぬが、本書の性格上、記録のあるなしに必然的に関わっているのだろう。その埋め草のつもりか、近世における欧州の東アジア貿易の実相についての記述はかなり充実しており、この点興味のない人は退屈するかも知れない。「鎖国」という言葉が頻用されるのは意外にも19世紀に入ってからだが、なるほど「国を鎖す」とは言え、オランダとの通交はあり、それ以前にもアダムズの故国イギリス、他とも経済的利益の共有は厳然としてあったわけである。「極東の島国」という表現は自己を卑下したわが国民独特の言い回しだが、そんなちっぽけな国が大航海時代の余波を歴然と受け、当時のヨーロッパ人に命を賭けてでもこの目で日本と日本人を見てみたい、と思わせしめていたという「歴史的事実」を知るだけでも、本書の意義は大きいといわざるを得ない。ただし、著者がイギリス人作家ということもあり、細部を見れば日本の歴史認識に対する誤謬も見受けられる(関ヶ原の戦いの雌雄を決したのはリーフデ号の大砲だった、など)が、大局的に見れば本書の価値をさほど損ねるものではあるまいと思われる。
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