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陸奥宗光とその時代 ( 岡崎 久彦 )

600ページの長編であるが、面白い。啓発される。そして、これまで教えられてきた明治維新以降の歴史観が「薩長史観」だったということに気づかせてくれる。薩長閥で占められていた権力構造のために、我々は知らぬまに、薩長の観点からの歴史観・物の見方をさせられていたわけだ。<BR>本書のすぐれている点は、①現代の視点と②その時代の通念である時代精神の視点という複眼から、外交史を軸に、該博な知識のもとに人物を描き出し、そこに目からうろこが落ちるような「見識」が見られるところにある。私は、アンダーラインを引きっぱなしで、書棚から陸奥宗光の著書『蹇蹇録』などを広げずにおれなかった。刺激を与えられ続けた。日本のデモクラシーの成立過程が理解できるなど、論点がぎっしり詰まった啓蒙書だ。<BR>小学生でも読めるようにほとんどの漢字にルビがふってある。そこに国民教科書でありたいという気迫が感じられる。日本国民に訴え、やがて英訳して世界に訴えたいという魂のこもった一級の評伝である。

陸奥宗光がいなければ、独立国家としての今の日本は無かったかも。<P>子供のころに味わった父の理不尽な処置がいつか復讐してやるという生きる力となり、坂本竜馬との出会が彼の才能を開花させ、これからの日本のありかたや陸奥の志ができたように思う。諸外国に不平等条約を改正させ、日本の未来を見据えて行動していく様は凄い。彼が達成できなかった議会民主主義も、彼の死後引き継がれて今の日本の政治体制になっていく様が客観的に書いてあるところがいい。

薩長史観を根底から覆すような話が、とりわけ面白かった。<P>明治のはじめ、紀州藩は強力な軍隊を育成して、薩長ににらみをきかしたそうだ。もともとは、廃藩置県にむけた動きを先取りした、四民平等的原理の国づくりであったそうだ。<P>武力の重みが効を奏して、廃藩置県が実施される。しかし、薩摩藩は武士の存在意義を「武」にしか求める事ができず、のちの西南戦争につながっていくと言う。<P>明治史の空白の部分に光を当てる試みのように感じられ、とても好感を抱いた。

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陸奥宗光とその時代&nbsp;&nbsp;&nbsp;陸奥は、明治を代表する外交官であり、日清戦争の講和条約である下関条約において、全権として活躍したことが知られている。その出自は江戸幕府御三家である紀州藩士であり、それだけに薩長藩閥が取り仕切る明治政府にあってはながく官職に恵まれず、西南戦争の際には政府転覆を画策したとして逮捕の憂き目にも遭っている。廃藩置県直前に紀州藩の藩政改革を断行し、徴兵による近代兵制を整えるなど、その持てる才は明治の俊秀たちの中でも抜けたものがあったが、時代はそれを十分に生かしきれてはいなかった。<p> &nbsp;&nbsp;&nbsp;陸奥がその力を存分に発揮し始めるのは、明治政府の永年の懸案であった条約改正の任に当たるようになってからである。そしてその後、下関条約とその後の三国干渉を乗り切るまで、もっともよく陸奥を理解し、その能力を全開にさせたのは伊藤博文だった。その意味で伊藤もまた政治の天才であったことが知れる。彼らによる当時の日本の外交力は世界に冠たるものであり、それが日本を先進国に押し上げたことが、本書からうかがわれる。それはおそらく、日清・日露の両戦争に勝利した以上の役割を果たしたといってもいいのだろう。<p> &nbsp;&nbsp;&nbsp;陸奥は死の間際に「健康が回復したならば、総理になって、三十年来の抱負を実現する」と語っていたという。おそらく陸奥が健在であればそれは十分可能だったであろうし、もし陸奥が薩長の出身であれば、それはおそらくすでに果たされていたはずである。明治という日本の近代化を実現した時代を、もうひとつの視点から描いた1冊である。(杉本治人)
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