僕は殺人の形態は別として、「殺人に至る可能性」や<BR>「サディスティックな嗜好」は程度の差こそあれ、<BR>日常の心理の延長にあるものだと思う。<BR>つまり、決って他人事ではない、と考えている。<BR>しかし、本書に描かれる当事者の発言が、<BR>「完全に本音」であるならば、我々との「断絶」<BR>は恐るべき距離をもっていると思わざるを得ない。<P>幼い子女へ性的な拷問の動揺もなく語る。<BR>その描写は陳腐な表現だが、悲惨の極みだ・・。<BR>僕は溢れてくる怒りを押さえられなかった。<BR>しかし、しかしだ。<BR>淡々としかも誇らしげに語るこの当事者の発言の背後に、<BR>『なぜ人は快楽のために人を犯し、殺すのか』<BR>の理由が大きく横たわっていると思う。<P>尊大に『自分は神と同等だ』と悦に至らせるまでの、<BR>荒んだ人生と壊れてしまった精神。<BR>おそらく、『人格障害』を『鬼畜の怪物』に<BR>してしまう責任も、決して他人事ではない。<BR>最後に、当事者の犠牲者となった方々へ深い追を・・。
彼は身長が150㎝ほどであったという。<BR>そのため家族から虐待をうけ、周囲からも見下げられ、刑務所においてはレイプされ続けた。<BR>その怒りが沸点に達したとき、彼は息をするように殺人をはじめた。<BR>編者ウィルトン・アールは“ちびすけ”に会うまで、<BR>人間の“善”を信じ、死刑制度廃止推進論者であったが、<BR>彼へのインタビューを続けるうちにその考えを完全に捨て去った、という。<BR>“ちびすけ”が、よくも悪くも自分の全てを吐き出し、<BR>鉛色の腐臭漂う内臓までをもさらけだしたような告白集。<BR>それが名編集を通して、一種のピカレスクロマンにまで昇華されているのには驚愕せざるをえない。<BR>まさに“驚書”といえよう