ベテラン登山家の著者は、慎重に危険を回避しつつ、K2の頂上へと向かいます。<BR>しかし、一つ一つでは大事故には繋がりえない、様々な偶然が<BR>重なり合うことで、遭難へと一歩一歩近づいていきます。<BR>そして、この手の山岳遭難には必ずある、死に行くものを見捨てることで<BR>自らは生き抜くという、つらい決断。<BR>それによって、遭難の淵から脱出するのです。<P>それでも登山家はなぜ山に登るのであろうか。<BR>それほどまでも登山には魅力があるのだろうか。<BR>それは、経験したものにしか理解できないことなのだろうか。<BR>そんな問いを発する一冊です。
大量遭難事故から生還した登山家の手記です。<P>作者と同様に経験をつみ、豊かな技術と精神力を備え、人間的魅力にもあふれていた登山のパートナーは下山途中になくなります。この本の問題は、パートナーを悼む気持ちが強すぎて、事故のことを人に伝えようとする工夫がないことです。山に登るまえから「ああ..ジュリア」と2ページおきに嘆かれたのでは、何があったのかかえってわかりづらくなります。作者がその死の痛手から立ち直れないことは理解できますが、事故の問題点を伝えてこそ、本当に鎮魂になるのではないか、などと考えてしまいました。<P>以上の点を差し引いても、作者の勇気と精神力には学ぶべき点が多くあります。後半の遭難の描写はすさまじく、自然の前には人間はなすすべがないことも実感でき、わが身を正す一冊といえましょう。
世界第二の高峰K2は、その美しさと難しさで、多くの登山家をひきつけてやまない。この本は1986年夏、嵐にまきこまれ、九死に一生を得て生還したクルト・ディエンベルガーが、そのときの体験を忠実に書いたものである。彼はオーストリアの世界的登山家で1957年にはブロードピーク8060mの初登頂者でもある。K2は彼の長年の夢であった。そしてたったふたりで無酸素で頂上をめざし、そして登頂に成功する。しかし8000mの第四キャンプで嵐にとじこめられた。この場所には各国の登山隊のテントもはられていたが、嵐が続いて燃料も食料も尽きた。かろうじて晴れ間をつかんで、全員力をあわせて脱出下山を試みるが、次々に疲労と高山病のために命を落としていった。そして7人中2人だけが助かったのである。遭難にいたるまざまな要因とその人間関係の描写は興味をもって読ませるが、そのほか、頂上にかけるあくなき執念と情熱、そして54歳という年齢に打ち勝って自然の脅威にたちむかう体力、気力のすさまじさなどは、登山を知らない人にとっても感銘を与えるであろう。人間が困難にたちむかったときに勇気を与えてくれる本といえよう。