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街場のアメリカ論 ( 内田 樹 )

この著者は「おじさん」ということをウリにしている馬面の仏文学者だが、自らを「おじさん」と称することで、ある種の個体性を先行させることを意味している。それは志村けんが「私が馬面のおじさんです」と居直るときの機構と同一の先行性である。つまり倫理に対して、それを逸脱する個体存在の事実性を優先し、そのような個体であることを露骨に提示して居直って悦に入っている。わざわざしゃしゃり出てこなくても日本はこのような馬面で溢れかえっているわけだが、この馬面はたちが悪い部類に入る。この馬面の相を分析する際には武道家だと言う事実を厳密に考慮に入れなければならない。そもそも馬面とは馬の相が意識を解さずに自動的に出現しているような相貌である。その意味で馬面と自動作動としての武道の型とは緊密な関係がある。馬面男が合気道をし、馬の相を持つ男が毎週馬券を買っている。つまりレトリック道の自動作動が馬の相を持つこれらの人々の本領のようである。既に自動作動を繰り返して、とてもお手軽かつ簡単に作られた粗悪な著書が無用に世に出ているようだ。馬面はこの本では外交でレトリック道の型を披露するという暴挙に出た。馬面が自らのレトリック道の型を見事に決めてうっとりと悦に入っている馬面の横で、広島の被爆者や靖国の英霊がその無神経さに怒りを通り越して呆気に取られてしまっている。見ず知らずの人の葬式に来てバレリーナの格好で白鳥の湖を踊り始めるオジサンがここにいると思っていただくとよいと思う。

 まず、まえがきを読んで思う。これ、ほとんど自分が周りの友人たちと普段話していることと同じじゃん。ということは、「われわれ」と著者はほぼ同じような情報に触れ、同じような分析をしているということになる。つまり、たぶんアメリカと全世界についてある程度アンテナを張って、分析するトレーニングを普段からしている人間にとってはほぼ共通の認識であると思われる。これは別に著者を貶めようと思って書いているのではなく、その逆である。かれの分析に妥当性があることをいいたいわけである。<BR> 内容、食物のところはかなり異論があるが(どうしてアングロサクソンの食事への冷淡さとジャンクフードの政治性を無視するのだろう?)、他はだいたい妥当な分析だと思われるし、何よりアメリカ論ということもあって他の著者の本とは論点がかなり違っているのはファンとしては嬉しい。<BR> しかし個人的には本書を読んでいて今まで気付かなかった著者の「政治性」に気付いたことが一番の収穫であった。著者が幅広い人気を得ている理由は何だろうか? いろいろあると思うが、アメリカ論というこれだけ政治性のつよいテーマなのにも拘らず、著者自身の政治的スタンスがまったく見えてこないのだ。つまり、この意識的な、自らの「政治性」の消去がポピュラリティの秘密の一つなのだろう。この村上春樹の人気にも通じる政治性のなさ、ちょっとずるいな、と感じた。

とにかく、発想がぶっとんでる。「そんな考えがあったか!」とヒザを打つこと続出。<P>靖国問題にもつながる「アメリカの「従者」としての日本」という指摘、「巨大ロボット説話群」に見られる日本人の精神構造など、それぞれのアイデアがたいへんに面白い。<P>本が全体的・構造的でなく、「思いつきネタ」ばかり集めているという批判もあるかもしれない。が、このような「思いつき」のフットワークの軽さこそ、逆に光って見える。<P>むしろ、これらのアイデアを種子にして、読者こそさまざまな思索を進めていったらよいと思う。(たとえば、「エヴァンゲリオン」にみられる「巨大ロボット」像の変化など、いろいろ考えられそう…)<P>また、武道のふるまいにもつながる冷静でねばり強い学究態度にも、いつもながら感心させられる。ぜひ、若い人たちに読んでもらいたい本だ。

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