ページをめくるのがもどかしく、それでいて一頁一頁を大切に読みたくなる美しい物語です。<br>イギリスの、その土地や歴史に根ざしたファンタジーが大好きですが、中でもこの物語は宝石のような煌きをはなちます。<br>ふとしたことから始まる魔法で過去へ現在へと旅することになる主人公、イギリスの田舎の生活のしっとりとした美しさ、ページから匂いたつようなハーブの香り、結ばれることのない初恋の物語・・・<br>私はハリーポッターの第一巻がベストセラーだった頃、ほとんど同時期に本書と両方を読みましたが、ハリポタはおかげですっかりかすんでしまいました。
「時をこえ、歴史上の事件にまきこまれた少女の冒険」というので、勇ましい主人公の活躍を想像していたのですが、違いました。冒険の要素もあるけれど、美しさのほうが印象に残ります。<br> 「今」の農場は、眠っているような穏やかな美しさ。美しい自然、気持ちのいい疲れをさそう労働と、おいしそうな食事。読むだけで健康になりそうです。そして、はるか昔の人々の夢と生活とを、今もいつくしむ、素朴な人々。<br> 比べると、三百年前の同じ場所はより感情豊かで華麗で、痛いほどです。まだ古びたり廃墟になったりしていない立派な屋敷には、現在は姿を消した高貴な人々が暮らしています。情熱、さみしさ、淡い初恋、いろいろな気持ちに突き動かされながら。下働きの人たちまでもが、今と同じように実直に暮らしながらも、高貴な人々に愛情と尊敬を、自分の仕事に喜びと誇りを感じて、毎日を必死で生きている。<br> 読み終わった今、私の心には、美しいものを見たあとの疲れが残っています。例えるならば、雪みたいな美しさ。雪は、溶けて見えなくなるけれど、無くなってしまうのではなく、空気をうるおし、土を濡らして、いつかまた空へと戻っていくだけ。それが分かっていても、きれいで、はかなくて、泣きたくなる。そういう感じ。<br> 静かな、一人になれる場所で、少しずつ読みたい本です。おすすめです。<p> 荻原規子の『西の善き魔女』ファンの人には、さらにおすすめ。ささやかながら、にやりとできる発見があります。確かこの本は、荻原規子の愛読書としてホームページでも名前があがっていました。ぜひ、おすすめです。
本が届いたとき、その分厚さに少々驚かされました。 普通の文庫本より一回り大きめの岩波少年文庫版で、注釈つき450ページ。堂々の長編です。はっきり言って子供向けの本とは思えません。 <p>なるほど、幽閉されたスコットランド女王メアリ・スチュアートをエリザベス女帝の手から解放しようとする人々の物語と、現代の少女の物語が交差するタイム・トラベルもの、といえば、確かに子供たちの読書欲をそそります。 しかし、サッカーズ荘園の四季折々の美しい風物、そこに暮す人々の、落ち着いた愛情あふれる生活、そして何よりも、どんなに時代が変わろうとも、歴史の抗いがたい運命を前に、なおもたくましく優しく生きていこうとする人々に対する共感と親愛の念ー、こういったものを鑑賞できるのはやはり大人の特権といえるのではないでしょうか。いつまでも物語が終わって欲しくない、そう思える本にめぐり逢えたのは久しぶりでした。<p>あまり重要な登場人物ではないバーナバスおじさんの、゛背後に水の力があるからこそじゃ。命と同じじゃ。背後に力がなければならん。人間を苦難と戦わせ、負けずにがんばらせる力が。サッカーズのこの泉はかれたことがない。これからもかれることはない。いつまでも、いつまでも続いていく"というセリフと、グリーンスリーヴスの切ない音色がしばらくは頭から離れませんでした。