フランクリンの華やかな経歴をとうとうと書いていて、能力もあり努力もして
<br />人柄をよかったので成功したのかなと感じた。
<br />13徳や富にいたる道は、自助論とすごく内容が似ていて、勤勉、節制、誠実などを述べています。
13徳で有名なフランクリンの自叙伝だ。
<br />勤勉で極めて合理的な考え方が随所に現れている。
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<br />箴言的なものいいも興味深い。
<br />「確かなことでも確信なげに話せ」
<br />「不遜な言葉には弁護の余地がない」
<br />「一度面倒を見てくれた人は進んでまた面倒を見てくれる。こっちが
<br />恩を施した相手はそうはいかない」など。
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<br />また13徳に関しては、「完全に道徳を守ることは、同時に自分の
<br />利益でもあるというような、単に理論上の信念だけでは過失を
<br />防ぐことはとうていできない。〜まずそれに反する習慣を打破し、
<br />良い習慣を作ってこれをしっかり身につけなければならない」
<br />と述べている。
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<br />そして徳を身につけるための具体的な方法が綴られる。
<br />毎日、手帳のチェックシートを使って徳を身につけるそのやり方は、
<br />日本人からすると違和感を覚えないではないが、確かに合理的な方法
<br />ではある。
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<br />いかにもアメリカ的、プラグマティズム的だが、凡人が良い習慣を
<br />身につけようとする時、最も効率的な手段かもしれない。
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<br />フランクリンの13徳の身につけ方についてはいろんな本が出て
<br />いるが、やはり元となっている本書を読むことをお勧めする。
<br />その方が背景にあるフランクリンのものの考え方も分かるからだ。
<br />時間のない方は13徳の部分だけ拾い読みするのもいいだろう。
ベンジャミン・フランクリンが学校に行ったのは8歳から10歳までのわずか2年。その後ロウソク職人をへて印刷業にかかわりさまざまなことに手を染めていきます。
<br /> 新聞を発行し評論家としての名前をあげる。
<br /> 格言つきの暦を発行して出版業者として成功を収める。
<br /> 郵便制度の整備・図書館建設・大学設立・学術協会の設立などを行い社会改良家として活躍。
<br /> 雷の発生しやすい日に凧を上げ、稲妻が電気現象であることをつきとめる。避雷針を発明。ストーブを改良。遠近両用眼鏡の考案。避雷針と遠近両用眼鏡は現代人も重宝して使っています。雪の上に白い布と黒い布の両方をおいてどちらの雪が早くとけるかを観察して夏には黒色の衣類はさけて白にしたほうがよいことを実験で確認。
<br /> フランス語をマスターしてフランス大使となってイギリスとの独立戦争のとき、フランスの支持を取りつけ援軍の派遣を勝ち取る。
<br /> 肩書きは、印刷家・評論家・社会改良家・出版業者・科学者・発明家・外交官・政治家・哲学者と9つにもおよびます。
<br /> 忘れてはならないのは、ベンジャミンは学校には2年しか行っていませんが、世界の最もすばらしいほとんどすべての書物はしっかり読んで自分のものにしていたのです。学校に行かないことが勉強しないことではなく、当時の世界一流の本を子供でありながら、学校に行っていた人よりたくさん、正確に理解しつつ読み切っていたのです。人類の叡知の最高の到達点をしっかりおさえて毎日毎日考えつつ歩んでいたのです。
<br /> もっと正確に言うとベンジャミンは、自ら人類の最高の到達点をさらに一歩前に進めるために、人類が今どこにいるかを知ろうとして世界最高の書物を手にしていたように思う。
<br /> さすれば、やっぱり偉大な人の真に偉大なところは、自分の幸せの前に他人の幸せを作ろうとする人間のみに特有な特質を持った人である、と言うことにつきるのではないだろうか。