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日本の弓術 ( Eugen Herrigel 柴田 治三郎 オイゲン ヘリゲル )

本書は、中島敦「名人伝」のような弓の求道を、日本の達人に師事して達成したドイツ人へリゲル氏の不思議な実話(1926〜1931)です。日本人にとっても、奥義は、不合理・非論理・神秘に思える。それを論理的な西洋人が求めたのですから稀有な出来事です。 <br /> 「あなたは弓を腕の力で引いてはいけない。心で引くこと」や「あなたがまったく無になる、ということが、ひとりでに起これば、そのとき正しい射方ができるようになる」、非合理と神秘に満ちた修行の体得に4年間を要したのは頷けます。 <br /> 最後の課題「的を射る」は超難関でした。「的を狙ってはいけない。心を深く凝らせば、的と自分が一体となる。自分自身を射なさい」にへリゲル氏は不可能感を抱き、完全に行き詰まる。阿波師範は「的を狙わずに射中てることなどできる訳がないと思う不信感」を除くために、深夜に実演してみせる。微かな線香の灯が方向を示すだけで、的は暗がりの中に没し見えない。師は2本の矢を続けて射た。へリゲル氏が確認すると第一の矢は的の真ん中を刺し、第二の矢は第一の矢の軸を貫き、第一の矢軸を2つに割っていた。師範は言う「こんな暗さでいったい狙うことができるものか、良く考えてごらんなさい。的の前では仏陀の前に頭を下げると同じ気持ちになろうではありませんか」 <br /> ヘリゲル氏は驚愕したに違いない。以来、疑うことも問うことも思い煩うこともきっぱりと諦め、精進した。こうして、苦節5年間の後、「無の射」を体得した。その完成の域が「不射の射」であることも理解したという。長い歳月を経て、氏は死の直前、出版予定だった弓道と禅思想に関する自身の膨大な原稿を燃やした。そして安らかに亡くなったという。師の教えに従って無に抱かれたのでしょう。 <br /> ほとんどの日本人には、何らかについて名人・達人になる素質があると思います。技術であれ、スポーツであれ、芸術であれ、何かを極めようとする場合、本書は貴重な参考情報を提供してくれるのではないでしょうか。 <br />

大変言いにくいが、訳者が内容を理解していないのに <br />翻訳が間違いなくされているという変わった本。 <br />日本人の宗教観、価値観がこれほど端的に表現された作品を <br />寡聞にして私は知らない。

日本の仏教は、一般に「葬式仏教」という不本意なかたちで認識され、ほとんどトホホな状態です。しかし、日本人としてユング心理学の第一人者である河合隼雄氏は『ユング心理学と仏教』のなかで、仏教的な意識が日本人の潜在意識のなかで脈々と息づいていることを示してくれています。この本でも『日本の弓術』は紹介されていますが、仏教をもし本当に理解しようとしたら、教義や知識をいくら学んでもさして意味はなく、「実践」を伴わなければ、その骨髄は移植されません。初期仏教の研究では第一人者の中村元氏も『ブッダの人と思想』のなかで、「実践なき思想はありません、もし実践がなければ思想は空論となってしまうでしょう。仏教ではこれを<戯論(けろん)>といいます」と。<br>鈴木大拙氏は『禅』のなかで、禅とはブッダの悟りを直接体験する方法だと述べています。この禅の思想が息づく世界が、弓道であり茶道、華道、武道といった芸道です。この芸道のスバラシイ特長は、指導を通して実践として悟りに近い体験を習得できるところでしょう。<br>著者=オイゲン・ヘリゲル氏のすばらしいところは、ヨーロッパ人でありながら、現代日本ではほとんど忘れ去られた、古来脈々と日本人の潜在意識に流れ続けている、仏教的な意識(禅)を理解したところだと思います。おまけに、弓術を通して日本の歴史上で千年余り続いた武士道についても理解した点です。私たちは、こうした欧米人の真摯な日本理解を通じて、逆に日本的な精神を教えられるのだな~と、シミジミと感じました。そういう意味では新渡戸稲造氏の『武士道』よりも、本書やトム・クルーズ主演の『ラスト・サムライ』のほうが、武士道(日本古来の道を求める者の姿)について、わかりやすく表現されていると感じます。ちなみに私は、日本古来の道を求める姿を、民俗学者の宮本常一氏の『忘れられた日本人』の中に見出すことができました。

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