ごく幼いとき、アジサイの花にへばりついているカタツムリをみて、「かれらはなんて暇な一生をおくるのだろうか」と絶望的に悲しくなったことがあるひと。あるいは、黒沢清監督の『アカルイミライ』に登場するクラゲをみて、スクリーンのなかでそれをみつめるオダギリジョーにじぶんを投射しながら、優雅にさえみえる反復運動をひたすらくりかえすクラゲの生活の不思議さになんともいえない興味をおぼえたひと。そんなひとであれば、ふんだんに図もまじえながら、それぞれの生物がくりひろげる外見の単純さのうちに隠蔽されたドラマについて豊かに記述された本書を、きっと楽しむことができるだろう。また、現象学者たちにも多大な影響をあたえたとされる本書は、そのやさしい語り口にいざなわれながらこれまでの凝り固まったものの見方をおのずとときほぐしてくれるという意味で、最良の現象学入門書であるとさえ、いえるかもしれない。
それぞれの生き物のもつ感覚機能を説明し、その感覚機能によって広がるそれぞれの生物の生きる世界がどのようなものかを描く。その数々の検討は結局、視覚や聴覚の突出した人間種族が「世界」を真実にきわめて近いまま認識できるというのは思い上がりであり、世界とはそれと違った形で存在するというメッセージのように思う。他の種族をひとつひとつ丁寧に説明することで、哲学では陳腐でさえあるこのメッセージも新たな新鮮さと説得力をもって我々に迫る。またいくつかの含蓄の深い言葉もところどころにちりばめられる。「だが環世界のこの貧弱さはまさに行動の確実さの前提であり、確実さは豊かさよりは重要なのである」「環世界を観察する際、われわれは目的という幻想を捨てることがなにより大切である。それは、設計という観点から動物の生命現象を整理することによってのみ可能である。」実はこのような思考こそが求められているものなのではないだろうか。
本書は、1933年に書かれ1934年に出版された、古典的名著である。さすがに個々の実験内容などは時代を感じさせるものがあるが、読み進めるにしたがって引き込まれてゆき、著者の熱意・説得力に感心させられる。
<br />動物の行動を単に外から観察するのではなく、その心理世界ともいえる「環世界」を考えることで、動物の行動をより深く理解できるようになる、という主張は、動物の心理を直接知ることが原理的に不可能である以上、非科学的であるとみなされてもしかたがないともいえるが、環世界という考えが科学の進展に与えたものは決して少なくない。
<br />今なお読む価値のある名著である。