ゲーデルの論文を判り易く翻訳しています。当然ながら読者が多くの行間を埋める必要があります。解説によれば、書かれた時にはホットで常識的なミニマムな知識や問題意識も現在の我々には多くが欠けているようですし、時代を経たことによる誤解や間違った定説も蔓延しているようです。翻訳者によってヒルベルトのノートを文献的に研究した結果、定説を覆す重要な発見がなされています。問題意識的な部分は解説によってずいぶん補われていますが、理解するための知識については、その道しるべが与えられている程度です。論文の構成は簡潔で見通しのよいものです。最初に証明の方針が示されています。この部分で言っていることは理解できると思います。実際の証明では記号論理の基礎知識があれば、何とか証明を追うことができそうです。でも46個もの原始再帰的な表現が個別にそして相互関連的に何を意味するかちゃんと理解するのは骨が折れそうです。証明は当然ながらそれらを使用しています。わたしは当然ながらちゃんと読みこなしてません。
本書はゲーデルの不完全性定理が登場するまでのヒルベルト計画に焦点を絞って解説されています。
<br />筆者らは10年余りに渡りヒルベルトの研究を再考し、その成果が本書になっています。
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<br />ヒルベルトは生涯 自身の研究をノートに記したようですが(本書ではヒルベルトノートと呼んでいる)、
<br />このヒルベルトノート等を基にし、ヒルベルトがいつ頃 可解性思想を着想し始めたのか、そしてヒルベルト計画の実行に至り、不完全性定理の登場をもって否定的に終止符を打たれたのか、実に見事に記述されています。
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<br />通常、ヒルベルトの数学基礎論への関与は1901年のパリ講演と直後の幾何学研究から始まるとされているようです。
<br />しかし本書ではその着想がヒルベルトのもっと若いときから始まることを示す為、まだ無名だった頃のヒルベルトを振り返り、不変式に関するゴルダン問題を無限的にも有限的にも解決してしまったことと可解性の思想をリンクさせています。またこの中で、筆者らがヒルベルトの可解性をゴールドバッハ問題に帰着させている点が面白いです。
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<br />いわゆる「ヒルベルト23の問題」はヒルベルトが国際数学者会議で発表した訳ではないこと、幾何学基礎論でよく言われる「“点”を“コップ”に置き換える」という言葉をヒルベルトがどんないきさつで発言したかなど、ちょっとした意外な点でも大変参考になりました。
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<br />ヒルベルトについてこれほど研究されている本は、他にないのではないでしょうか。是非一度手にとって読んでみることをお勧めします。
<br />また、本書の題名と内容にはギャップがありますので(理由は前書き、後書きに十分記されています)、この点は事前に理解して読んだほうが読みやすいでしょう。
不完全性定理への入門的解説を期待して本書を手に取った方々は、
<br />ある戸惑いを覚えるかも知れない。それはゲーデルの論文の翻訳・
<br />解説と共に、数学基礎論の発生から終焉までの長大な数学史論が収
<br />録されており、その史論の焦点がゲーデルではなく、ヒルベルトの
<br />思想史に置かれているからである。この史論においては、ゲーデル
<br />は最後の一瞬しか登場してこない。
<br />このような構成にしたことについての著者達の意図は本書のまえが
<br />きに繰り返して述べられている。不完全性定理を理解するための最
<br />大の障害はこの定理の目的と意義を理解するところにあり、その困
<br />難を克服するべく、最新の数学史の研究成果を駆使し、数学基礎論
<br />の歴史的経緯を詳細に追うことによって不完全性定理登場の歴史的
<br />意義を読者に明快な形で示そうとしているのである。
<br />そして、その基礎論史の中核に位置するのが他でもないヒルベルト
<br />の思想史であり、著者達はその全貌の解明に全力を尽くしている。
<br />その数学史論の出来栄えだが、すばらしい力作であると思う。こと
<br />にいわゆるヒルベルトの計画の萌芽はヒルベルトの数学的キャリア
<br />初期からのものであり、その背景として、ヒルベルトの不変式論に
<br />ついての有名な仕事が存在するという考察は見事である。そのよう
<br />な小難しいことは抜きにしても、評者は本書を夢中になって読んだ。
<br />よくできた歴史小説を読むような楽しさなのである。
<br />これは数十年前初めて高木貞冶の近世数学史談を手にした時、評者
<br />が抱いた興奮を思い起こさせるものであった。僭越ではあるが、評者
<br />は本書に対して「21世紀の近世数学史談」の称号を送りたいと思う。
<br />(数論ファンから非難を受けそうだが・・・)
<br />このような高度かつ誠実さ溢れた研究成果を文庫本という形で公表さ
<br />れたことについて、評者は著者達に対して最大限の敬意を表する
<br />ものである。