初期作品から最新作までの主要14作品を取り上げて、
<br />村上文学の変遷と展望を解説した村上春樹論。
<br />清水氏の今までの評論の中で、一番面白く、読み応えがあった。
<br />特に『海辺のカフカ』の解説は説得力があり、佐伯の「魂の闇」で
<br />この難解な小説の謎が少し解けたような気がした。
<br />また『ねじまき鳥のクロニクル』の「井戸」というメタファーの
<br />作者における意味、そしてこの作品が村上春樹の変容を記録した
<br />年代記(クロニクル)だったという視点はさすがだと思った。
<br /> 題名と内容に少し隔たりがあるような気がした。
デビュー以来村上春樹をリアルタイムで読んできた自分としては、氏の小説に対する評論の類は興味も無かったし、むしろ避けてきたところがある。評論など読まなくても氏の小説はいつも変わらず面白かったし、したり顔の説明や些細なディテールの意味付けなど、必要ないばかりか不愉快だったからだ。
<br />しかしこの本は本屋でふと手に取ると、つい半分近く立ち読みしてしまうくらい面白かった。「知識人や専門家のためでなく、一般の読者のために、読者の一人として作品を語り合うような書き方をしたかった。特定の専門知識や、得意分野に引き付けて村上春樹を切り刻んで解剖するのではなく、素手で作品と向かい合い、ただ読むことを楽しみながら、その魅力や秘密を語りたかったのである。」筆者のあとがきにある通りの本となっていると思う。
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<br />筆者の視点は1995年の地下鉄サリン事件、阪神大震災を村上春樹のターニングポイントと捉え、それを軸に作品のスタイルの変化とテーマの深化、その必然性を明らかにしてゆくものである。一応作品を時系列で取り上げ順番に語ってゆく形式なのだが、個々の作品を独立して考えるのではなく、あくまでデビューから現在までの作家のパースペクティブの中で個々の作品を位置付けることに主眼を置いている。そうすることによって、村上春樹という作家が一貫して試みてきたことを捉えてみようというスタンスである。その流れで、最終章では次の作品の予想までサービスしてくれている。
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<br />読み続けてきたために気が付かなかったスタイルのはっきりとした変化や、逆に読み続けてきたのに気が付かなかったキャラクターの重複など、筆者の指摘は納得させられる割りには押し付けがましさが無く、そうそう、そうだよねと同志を得たような気分で読み進めることが出来た。わたしが読んでもわかるように書いてね、と筆者にアドバイスしたという奥様に、自分も拍手を贈りたい。