湯川秀樹は、外面的には日本人として、初めてノーベル賞を受けた人であるがこの賞には、賞の質を高める人と賞に寄り掛る人がいる。湯川は、賞の質を高める人物であろう。日本最高の知性として理論物理だけでなく平和活動に、又晩年は、あらゆる分野に学際的な活動をされた。極めて好奇心の強い、且つ深い洞察力の人である。この半自伝とも云うべき「旅人」は、記憶を遡れる限りの幼少期の記憶から始まり、敗戦の日本の渦中の記述で終っているが、この自伝に色濃くの滲み出ているのは、ひとり歩む孤独な旅人としての湯川秀樹である。本は、明治期の知性の典型的な育ちを思わせて、日本人の素晴らしさを認識させる。子供時代の漢籍の素読は、老荘思想に近づかせた原因の一つであろうか?後年の「素領域理論」は、「月日は百代の過客にして行き交う年も又旅人也」の芭蕉の感慨をも思わせるものがある。<p>実験と数学を駆使した、現代物理学、分けても超重力、超対称性理論、超弦理論などは、数学的整合性のみで進められるかの感がある。不思議に哲学が感じられない。いかなる高邁な理論も、その根底には、自己存在の謎に対する神秘感、洞察があるはずだ!それが無ければ、理論は数学的アクロバットに終ってしまう。物理学も終局的には、外的世界、宇宙、そして、意識と自己存在の問いに答えを出す事にあるのだ、ビックバンから生命の発生、DNAから脳へと、意識の根底に横たわる、遥かなる記憶を生きて居る間に辿ってみたい。<br>「旅人」は、そんな想像を起させる。若い人に是非薦めたい本だ。<br>内的世界と外的世界の旅への招待である。
湯川さんの生立ちと中間子理論を発見するところまでの生活が主に描かれています。天才を示すエピソードや研究のためのがむしゃらな努力などはあまり書かれてなく、本書を読むと文学や科学に興味のある秀才の青年が自分の仕事の一つとして理論を作った結果、それがノーベル賞につながったという印象を受けました。生活の描写が中心なので湯川さんの物静か人柄が強く伝わってきます。経済が豊かでなく、研究環境も未熟だった頃に日本人で初めてノーベル賞をとった人は特別な人ではく身近な存在のように感じられます。
彼の功績についてはさておき、文章を見ると彼の文章に対するセンスのよさが伺える。個人的に勝手に森鴎外に通ずるものがあると思った。なにしろ読みやすいのである。これまた勝手に漢文の素養があるためでないかしらんと思ってみたりする。影響を受けて論語を買って読んでみようと思う。