1980年に角川選書として出たものの文庫化・増補版。 もともとは1945年8月15日、米坂線の坂町駅で日本の敗戦を知ったシーンで終わっていたが、新たに5章が加えられている。戦後の混乱のなか1948年までの鉄道の様子が描かれている。 宮脇氏が自身の作品のなかでもっとも愛したことで知られる一冊。著者の意向で何度も復刊され、版型を変えたりして出されたが、売れ行きは芳しくなく、何度も絶版になったという。 確かに現代の鉄道ファンが敬遠しそうな重い内容である。1933年から書き出されて1948年に終わる。戦争へと向かう暗い世相、戦中・戦後の残酷な物語。いつもの宮脇氏の気楽な旅とはまったく違う世界である。 確かに、軽い作風の作家が歴史的に思い作品を手がけると、失敗することが多い。しかし、本書は宮脇氏の魅力が最大限に発揮された良作である。読んで欲しい一冊だ。
この本は昭和8年から昭和23年、すなわち「昭和前期」の「鉄道」・「旅行」・「社会情勢」・「作者の家庭事情」などを書いたものである。<p>今や若者の街となった「渋谷」の昭和8年当時の様子に始まり、開業間もない「丹那トンネル」と特急「富士」・「燕」見物の旅、四国旅行、開業6年目の清水トンネル、御殿場線、黒部峡谷鉄道、北海道旅行、関門トンネル・・・・・ 戦前から戦中・戦後にかけての「日本の鉄道の様子」が垣間見え、「歴史的資料」としても価値が高いように思う。宮脇俊三氏の作品には、そういった「付属的価値」がいろいろついてくるところが、まず評価できる。<p>そして、青春が「戦争」と重なった作者の成長の様子・・・・・、終戦の日も鉄道で移動し、駅で「玉音放送」を迎えた・・・・・など、「作者がなぜ紀行作家となったのか?」という質問にもある程度答えてくれ、さらに「日本の鉄道の凄さ」をつづる内容の部分では心に何か衝撃を受けるなど、各所で素晴らしい描写がされていたように感じた。<p>「時刻表2万キロ」・「最長片道切符の旅」とは若干ジャンルで異なるが、内容としては前2作に劣らず、いや遥かに上回る部分も感じられる本のように感じた。「宮脇俊三」という人物について知りたい人、「昭和前期の鉄道」に興味のある人は、ぜひ読んでもらいたい。
近ごろ懐古の眼差しをもって語られることの多くなった昭和時代。その戦前、戦中の生活、社会、文化を鉄道と時刻表を通して見事に描いた不朽の名作です。<br><br> 作品は自伝的な色合いが濃いのですが、人一倍多感な宮脇少年が見たもの、感じたものは同時代の日本人が共有していた感覚を表していると言ってよいでしょう。臨場感あふれる描写はどれも秀逸です。さらにその構成の鮮やかさ。平和で文化的な生活が徐々に、そしてあるときから急に戦争に押しつぶされてゆく。そしてついに玉音放送で日本人は敗戦を受け容れる。しかしその瞬間にも列車は超然と動いていた。何という圧巻の幕引き。この感動と鮮やかさは何度読み返しても色褪せません。<br> <br>戦後日本の鉄道は交通の主役から解放され、車や飛行機といった強敵に押され、平成になっても地位は下がり続けているようです。しかし宮脇氏の見た偉大なる昭和の鉄道はこの作品によっていつの日にも私の眼前にリアルに再現されることでしょう。「昭和、未だ朽ちず」です。