この本は前半が現実世界のどろどろした場面になっていて、後半つまり「幻界」にワタルが足を踏み入れてからは、本格的なファンタジー小説に変わる。このギャップがいい。でも、最初の現実世界の話はだらだらと長いところもあり、前半を乗り越えるのが少々辛い。でも後半(文庫本「上」の終盤)からはおもしろくなっていく。主人公が幻界で強くなっていくだけという平凡なストーリーでなく、自分の負の部分を受け入れ自分を変えようとするというメッセージを読者に向けた物語だと私は思う。
ワタルは現世での自分の運命に立ち向かう覚悟で女神に願いを告げるが、ミツルは運命を変えたいばかりに、自分の中の憎しみに打ち負かされてしまう。運命から逃げない、立ち向かう勇気の大切さを訴えたいのでしょうが、ワタルはしょせん、父親の不倫と両親の離婚の危機というご家庭内の揉め事でしかないのに対し、一方のミツルは危うく実の親に殺されかけ、妹も失ったという状況なのだから、憎しみの度合いも当然異なれば、それを受け入れる為に必要な寛容の度合いもまるきり異なるはずで、この両者を天秤に掛けること自体が不当じゃないかと思うんですが・・・。
<br />
<br /> 憎しみに凝り固まった人は確かに身を滅ぼしますが、とはいうものの、この大ラスの終章の表現ではまるで、いかなることでも、人を憎むのはいけないこと、自分の身の上に降りかかる不幸は全て受け入れ、災厄の元となる人物であろうと赦せ、という敗北主義か、どっかの人権派の論調のようで、すっきりしません・・・。
<br />
<br /> この物語がジュブナイルとして創作されたのなら、このような理想主義でも、まだ判りますが・・・確か、そうではなかったはず。
<br />
<br /> ワタルの身の上の不幸が両親の離婚の危機なんて生易しいものではなく、ミツルのような、例えば、両親を惨殺され、犯人が例の不良石岡で、親のコネや、少年法に守られて罰せられることなく変わらず日常を送り、ワタルが親戚をたらいまわしにされて過酷な目にあっているような設定で、それでもなお、このラストにつなげるなら、宮部さんらしい力技を堪能できたんじゃないかと思うんですが・・・。宮部ファンなので、5ツ星入れときますが・・・。
運命を切り拓く、変えるために始まった幻界の旅。でもその運命・人生が変わることは全てのひとが望むわけじゃない。独りで生きてるんじゃない。ひとつの運命は何人ものひとが共有していて、それぞれ立場が違えば望むものも変わる。
<br />変えるべきものは運命じゃなく…。
<br />
<br />宮部みゆきさんの文字を、じぶんのできる限りの力で幻界の世界を想像してみるといいと思う。丁寧な描写は、それを容易にさせてくれるはず。
<br />
<br />ワタルやミツルの心から生まれ、心の中を表しているとも言える幻界は、広く果てしなくて、たった2時間では到底映像化し切れない。
<br />読んでいる途中で映画を観ることになったのだけど、観終わり、また続きを読んでみて、そう思った。
<br />宮部さんが望んだようにテレビアニメ化されていたとしたら、永く幻界の旅を楽しめたであろうに。